【写真】動き続けることで、バルセロスの意識が追いつかなくなるという戦いをしたビクター・ヘンリー (C)Zuffa/UFC
MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。
武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは間、質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。
武術的観点に立って見たビクター・ヘンリーハオーニ・バルセロスとは?!
──ビクター・ヘンリーとハオーニ・バルセロス、初回の中盤までハオーニが優勢でした。
「パンチ力がありましたね。ビクターは組みの選手というイメージがありましたが、終始打撃戦になりました」
──自分はボクシングが上手いわけでも、キックが卓越しているわけでもないビクターの打撃が、局面、局面で本職と同じような強さを持つUFCファイターに通用しないと実は思っていました。よく言われたMMAの打撃という感覚では、今や勝てないと。
「ビクターは構えが悪いです。立ちすぎていて。ほとんど自己流なんでしょうね」
──そういう自己流と発想力的なことでは、UFCでは勝てないという考えは違っていたのか……。
「確かに最初は質量的にもハオーニの方が高かったです。ただし、ハオーニは単発で狙い過ぎでした。対してビクターはエンドレスで動き続けています。良く、動きという言葉を使いますが、動きとはパンチのことだけではありません。ビクターの足を見てほしいです。動きというのは手数ではなく、足数なんです。どれだけ動き続けているのか。
結果、初回の途中で前蹴りを受けたハオーニは失速しました。あの爪先が入る蹴りをビクターは練習でショーヘイ(ヤマモト。極真空手出身、CSWの同門)に食らっているんです。面白いモノで、食らっていると技を覚えるということがあります。
ハオーニは一発があるが故に狙い過ぎて、攻撃が単発でしたね。単発の強さと、軽いエンドレスでは試合が続けば後者が勝つ確率が高くなっていく。それが格闘技の試合です。そこで求められるのが、反射神経に対しての逆反射神経なんです」
──逆反射神経……ですか。それは?
「逆反射神経とは一般的な言葉ではないです。例えば刀で斬った、斬ったところで普通の神経は止まります。ただし、刀を振り落とした時にはもう切り返すことができるのは逆反射神経が働いているからなんです。ナイファンチでいえば、右の方向に移動した時に既に左側を注意している。つまり神経がいっているということになります。そういう風に逆反射神経が生きていると、最終的に神経の滞りがなくなります。そうでないと、動きが単発で神経が分断してしまいます。
技を出したあと、神経が分断されているとどうなるのか。例えば右のパンチを出したあとに意識が止まるから、隙ができてしまいます。左の逆反射神経が働いていないということですね」
──夫婦手ではないと。
「その通りです。右の突きを出した時、左の逆反射神経が働いていると夫婦手が機能しています。連動がかかっているということですね。そういう意味では参考になる試合でした。単発の攻撃は自分の意識が働いているから、相手も意識できる。対してビクターの動きは夫婦手でもないし、逆反射神経が働いているわけでもなく、イチ、ニ、サンと動けばイチだけ意識していて、二からあとは無意識なんです。だからハオーニも意識できないから被弾した。そういうことですね。決して殺傷力はない。あるのは前蹴りぐらいで。それがビクター・ヘンリーのMMAストライキングということですね。
と同時にビクターのあの動きに何かビジョンがあったかというと、そうでもなかったと思われます。効いてもそこを抉っていくことはなく、ひたすら散らして動き続ける。そうやって動き続けることでハオーニの判断力を奪う動きになっていたのでしょうね。ハオーニがついていけなくなった。嫌な攻撃だと思います」
──逆をいえば動きが止まると、ビクターは危ないということですか。
「だから2Rになって、初回の後半に攻撃を纏め過ぎたのか、動きが止まって危ない場面がありました。そこでいえば……意識という観点から、ウェービングやヘッドスリップというボクシングで、拳の攻撃に対して発達した防御を蹴りのある試合で使うと、危ういということに通じます。
ビクターの攻撃はステップ、足の動きからボクシングでも、キックボクシングでも空手でもない打撃です。そして彼のウェービングもノープランでした。マイク・タイソンはヘッドスリップから左のレバーを狙うというビジョンを持って、頭を外側に振っていました」
──でもビクターは違うわけですね。
「ハイ。ビクターは最終回にノービジョンで頭を振った時に、ハオーニの蹴りが飛んできたシーンがあり、そこから間がハオーニに変わりました。直後に左フックを貰っています。その後のスピニングバックフィストも危なかったです。あの時のようにハオーニも一発でなく、勢いに乗って連続攻撃を出した時など、確かに強い選手だと感じました。あの動きを奪えば、ビクターは打撃では有効な手立てはないかもしれないです。そういう時のために、今回の試合では見せなかったグラップリングがあるのでしょうね」
──トップUFCファイターのテイクダウン防御力、スクランブル能力、そして寝技も日本国内とは違う。だから、ビクターの次の試合が楽しみですね。そこが通じるのか。今回はそこを見せず、立ち技だけでハオーニに勝った。これは殊勲の勝利かと。
「組み、寝技は疲れる。そういう意識が、もう多くの選手にありますね。それにしてもエンドレスの恐ろしさを見ました。ビクター自身が意識していないから、相手にその意識が伝わらない。実はビクターとはLAに訪れた際に交流があって、常に明るくて元気で永遠に話し続けている人間なんです。練習も同じで動き続けている。止まることを知らない。エネルギーが途切れることがないのではないかと、そういうエンドレスさが試合にも出ましたね。普段、練習、試合、全てマッチしているエンドレス。同じ人間とは思えない、理解不能のエネルギッシュさです。きっと、ビクターは止まれない。站椿なんてやらせると、ダメになってしまうのでしょうね(笑)」
──確かに(笑)。
「あの足の動きをずっと普段からやっている。普段の生活のまま戦っていると言えます」
──なるほど。エンドレスなビクターから、逆反射神経、そして夫婦手と非常に興味深かったです。しかし、全てに神経を届かせる。やることが多いMMAファイターは本当に大変ですね。
「仰る通り、ごもっともです。キックボクシングやムエタイで左ミドルから左ストレートという連動が成立するのは、そこにダブルレッグやシングルレッグという足を取ってのテイクダウンがないからです。組みへの反射神経を使わなくて良いから、恐れることもなく使えます。ビクターは自分も組む、相手も組んでくるという中での連打なので、言い方は悪いけどおっかなびっくりな連続技でした。これこそMMAらしいエンドレスですね。そういう世界で……UFCで勝つには、我々は逆反射神経まで含めて稽古しないといけないですね」
──ビクターのMMAのエンドレス、つまりはMMA特有の打撃がUFCで通じた。ビクターと互角にやり合える日本人選手も、彼の勝利を見て日本からでもやれるという風に思えたのではないでしょうか。
「ビクターは基本的に質量が低いです。だから日本人選手と手が合った。ビクターがなぜハオーニに勝てたかは考える材料としても、ビクターとやりあえるから自分たちもハオーニとやり合えるとは考えない方が良いと思います。日本人選手の課題は、そこではないはずです」
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