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【RIZIN.46】ベアナックル/BKFCとは?BKFC参戦のMMAファイターを紹介

RIZIN.46でベアナックルBKFC提供試合!篠塚辰樹が挑戦するBKFCとはどんな団体?/ブアカーオやUFC王者も参戦/ジョン・ドッドソン、エディ・アルバレス、ペイジ・ヴァンサントなど、BKFC参戦MMAファイター/BKFC王者は?

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「Danger Snow – Dan Henig」
「Berlin at Night – Dan Henig」
※この動画のナレーションはVoicepeakを使用しています。
#ベアナックル #BKFC #RIZIN46 #RIZIN #UFC

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45 K-1 MMA MMAPLANET o PANCRASE Pancrase341 PRIDE RIZIN YouTube キック ゴイチ・ヤマウチ シュウジ・ヤマウチ パンクラス フェルナンド ベラトール ボクシング 中田大貴 久米鷹介 鈴木陽一 雑賀ヤン坊達也

【Pancrase341】中田大貴と対戦、碧南在住シュウジ・ヤマウチ「日本で王者になるために帰ってきた」

【写真】取材が行われた2月26日は、まだ少しふっくらとしていた。通訳は碧南市に住むシュウジの叔母さんが務めてくれた。ありがとうございます(C)SHOJIRO KAMEIKE

31日(日)に東京都立川市の立川ステージガーデンで開催されるPANCRASE341にて、シュウジ・ヤマウチが中田大貴と対戦する。
Text by Shojiro Kameike

ellatorで活躍するゴイチ・ヤマウチの従兄弟であるシュウジは、愛知県碧南市で生まれた。5歳の時にブラジルへ渡った後、柔術とキックボクシングを始め、MMAを戦うようになる。日本初戦となった2022年12月の雑賀ヤン坊達也戦では、TKO負けを喫したものの、序盤は組みで雑賀を苦しめている。そんなシュウジが名古屋市のALIVEで久米鷹介と練習しているという。なんとシュウジは日本で戦うために、碧南市に帰ってきていたのだった。


――今日はALIVEで久米選手との練習を取材させていただきました。ALIVEで練習し始めたのは、いつ頃でしょうか。

「初めてALIVEに来たのは去年の11月だったと思う。キッカケは名古屋の柔術大会会場で、叔父がスズキさん(鈴木陽一ALIVE社長)に声をかけたんだ。ベラトールにゴイチが出た時、同じ大会にカトウさん(加藤久輝)に出ていて、叔父もスズキさんのことも知っていたからね。その時にはもう僕が日本に来ることは決まっていて、叔父がスズキさんに『シュウジが日本に来たら、また挨拶しに伺います』と伝えたと聞いている。それがキッカケで、僕もALIVEで練習させてもらうようになったんだ」

クメサンハムニダと

――では久米鷹介選手と一緒に練習した感想を教えてください。

「すごく強い。打撃も、グラップリングも――とにかく強いんだ(笑)。最高の練習パートナーだよ。碧南市からALIVEまでは車で1時間以上かかる。特に夜は渋滞もあるから、もっと長いドライブになることもある。それだけ時間をかけてもALIVEに来て、クメさんと練習することには大きな価値があると思っている」

――日本にいる間は、生まれ育った碧南市に滞在しているのですか。

「いや、今は日本に住んでいるよ」

――えっ!? 雑賀選手と対戦した時は、ブラジルから来日していましたよね。

「去年の9月、日本に移住したんだ。日本でMMAの試合をすること、そしてチャンピオンになることが小さい頃からの夢であり、目標だった。まず2022年にパンクラスで、その夢を叶えるチャンスをもらうことができた。ただ、試合のたびにブラジルから来ると、プロモーター側にとっては航空チケットなど金銭面でネックになることは多いよね」

――はい。そのとおりですが……。

「僕は日系ブラジル人3世だ。5歳まで碧南市で育ち、今も日本に親戚が住んでいる。だから日本に移住して、親戚たちと生活しながら日本で戦うことを決めたんだよ。ブラジルでも試合のチャンスはあるだろう。でも僕は、どうしても日本で試合をしたかった。日本でMMAのチャンピオンになる――子供の頃に抱いた夢が、ずっと頭の中から離れなかった」

――では現在、日本でどのような生活を送っているのでしょうか。

「生まれ育った碧南市で親戚と一緒に暮らしている。仕事は碧南市の隣、西尾市にあるオガワジムでキックボクシングとMMAのインストラクター、コーチをしているよ」

――生まれ育った街で親戚の方と生活するので、ブラジルのご家族は安心でしょう。一方でブラジルのチームメイトからは、シュウジ選手が日本へ行くことについて残念がる声は聞かれませんでしたか。

「チームメイトたちも応援してくれている。みんな、僕の夢を知っていたからね。日本に住んでいたほうが試合も組まれやすいし、そのぶんチャンピオンに近づくことができることを理解してくれているよ。それとチームメイトは僕が日本で頑張ることを、自分たちの可能性の一つとして考えている。僕が日本でチャンピオンになれば、ブラジルの仲間たちも同じように日本で試合をすることができるかもしれない。そのためにも僕は日本で戦うんだ」

――もし雑賀選手に勝っていたら、ブラジル在住でも日本のMMA団体からオファーがあったと思いますか。あるいは、勝っていても日本に来ることになっていたでしょうか。

「前回の試合結果は関係ない。もともと日本でMMAを戦うという夢があったし、それはずっと変わらないからね。もしサイガに勝っていても日本に移住していたと思う。前回、日本の空港に降り立った瞬間に、子供の頃の夢が一気に蘇ってきたんだ。その時に僕は『絶対に日本でチャンピオンになる。そのためにまた日本に来る』と心に誓ったよ。

初めてPRIDEを見た時から今でも、僕の中ではずっと日本の格闘技が一番なんだ。それは自分が生まれた国だから――という以上に、僕の中で変わらない想いだ」

――なるほど。もともとシュウジ選手が柔術を始めたのは何歳の時なのですか。

「僕が10歳の時だった。柔術はクリチーバのアカデミア・アリーナで、フェルナンド・ヴィエイラから教わったんだ。もともと叔父たちがグレイシー・ファミリーやPRIDEの大ファンでね。彼らの影響で僕とゴイチも格闘技が好きになり、柔術をやってみたいと思うようになった。

綺麗なフォームの左ハイ

14歳になってキックボクシングも始めてから、K-1 MAXも視るようになったよ。

僕は魔裟斗のファンなんだ。彼のファイトスタイルが大好きで。魔裟斗だけでなく、当時のK-1 WORLD MAXに出ていたファイターのことは、みんな大好きだったね。素晴らしいファイターばかりで、彼らのテクニックをずっと視てきた」

――14歳の時からキックボクシングをやっていて、MMAよりもキックボクシングをやりたいという気持ちはなかったのですか。

「もともとMMAをやりたかったから、柔術だけじゃなくキックボクシングも学んだんだ。最初はキックボクシングと柔術を組み合わせたものがMMAだと思っていたからね(笑)。キックのキャリアはアマチュアを含めて28勝1敗で、最後の試合は2012年だったかな。もちろん勝っているよ」

――そのキャリアを知ると、日本のK-1やキックボクシング団体からもオファーが来るかもしれないですね。

「アハハハ。またキックボクシングの試合もやってみたいね」

――では前回の雑賀戦の内容と結果について、今はどう捉えていますか。

「あの試合はサイガが勝った。彼が勝利のチャンスを掴んだ。それだけだよ」

――何か敗因は……。

「自分はもっと良い試合ができたと思う。彼はライト級で、僕は本来フェザー級で――いや、この話はやめよう(苦笑)」

――階級差、体格差は敗因の一つだと思いますか。

「まぁ、負けは負けだよ。敗者が言えるのは、勝者への『おめでとう』だけさ」

――素晴らしい言葉です。雑賀戦については、これ以上は聞かないことにします。ただ、今回はフェザー級戦であり、シュウジ選手にとってはフェザー級がベストということですね。

「自分としてはフェザー級が最適な階級だと思っている。だけど前回はライト級での試合だったことを負けた理由にはしたくない。僕はライト級での試合オファーを受け、しっかりと練習した末に負けたんだからね」

――むしろフェザー級のシュウジ選手がライト級1位であった雑賀選手を、あそこまで追い詰めただけに本来の階級での試合が楽しみです。

「おぉ、ありがとう。次の対戦相手はランキング6位だ。一つひとつ勝って、チャンピオンになるよ」

――その中田選手について、ファイターとしての印象を教えてください。

「良い選手だね。でも試合を視てみると、自分のほうが上だと感じている。トップからでも、ボトムになっても自分のほうが強い。とにかく良い試合になることは間違いないよ。そして僕は、いずれ必ず日本でチャンピオンになる」

――ではシュウジ選手にとって、MMAを戦ううえで最終的なゴールは何なのでしょうか。パンクラスでチャンピオンになった後は……。

「う~ん、これは言っていいのかな?」

――ぜひとも、言いたいことは言ってください。

「パンクラスのチャンピオンになり、そのベルトを持ってRIZINに出たい。そしてRIZINのチャンピオンにもなりたいんだ」

――今なぜ、RIZINの名前を出すことを躊躇したのでしょうか。

「今回はパンクラスで戦うわけだから、そこで他のプロモーションの名前を出すのも……ね。だけど一番は――先のことばかりを考えていると、目の前にある次の試合にも勝つことはできない。まずはナカダに勝ち、一つひとつステップを踏んで、ゆくゆくは日本でチャンピオンになる。僕は、そのために日本に帰ってきたんだ」

■視聴方法(予定)
2024年3月31日(日)
午後1時00分~ U-NEXT 、PANCRASE YouTube メンバーシップ

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45 AB DEEP MMA MMAPLANET o ONE PRIDE UFC アンソニー・ドゥ ダニエル・ウィリアムス パンクラス ユライア・フェイバー リト・アディワン 八田亮 川原波輝

【A1 Combat19】ストロー級タイトル戦出場、川原波輝が「何を言っても説得力がない」と取材拒否!!

【写真】ZOOMで話をしてくれる──その前提が、試合前に彼の想いを掲載しないこと。時代という言葉を使うと、きっと今の時代には合っていない。だからこそ、格好良い(C)MMAPLANET

29日(金・現地時間)、カリフォルニア州ウィートランドのハードロック・ライブで開催されるUrijah Faber’s A1 Combat19に川原波輝が出場し、アンソニー・ドゥとA1 Combatストロー級王座を賭けて戦う。
Text by Manabu Takashima

川原にとって一昨年4月のダニエル・ウィリアムス戦以来、実に1年11カ月振りの実戦となる。


DEEPストロー級王者からONEと契約、ショートノーティスでリト・アディワンと対戦もKO負けをしたのが2021年1月のこと。以来、川原はストロー級世界一を目指す戦いに加わったのは3年間に僅か2度で、ONEのサークルケージ(最近はリング)を離れることとなった。

実際、川原は1月の日本大会出場という方向で準備を進めていたが、実現せず。ばかりか、彼とONEの契約は既に切れていたことが発覚していた。試合出場を交渉中のファイターの契約の有無が明白でないというのは、謎でしかないが──このような例は事実、他でも見られていた。

その後、ONEと再契約する選手も存在しているなかで、川原はこの契約期間の終了をもって、アジア最大のプロモーションにおける終戦を決めた。

そして、今回のタイトル戦に挑むことに。A1 Combatはその大会名から分かるように現在、川原が本拠地とするアルファメールのユライア・フェイバーがプロモートするフィーダーショーだ。UFC Fight Passでも視聴できるイベントがストロー級王座を新設し、川原がその座に挑む。

対戦相手のドゥも過去にONEで戦った経験のあるファイターで、ONE WSで彼もまたリト・アディワンに敗れている。そのドゥは来日経験があり、2018年にパンクラスで八田亮を破っている。日本での試合はストロー級契約だったが、適正体重で戦う機会が非常に少ないキャリアを送ってきた。

ONEのストロー級はハイドレーションを禁止する前提で125ポンド、実際は水抜き減量をしている選手もおりユニファイドのストロー級よりも大きな選手が多い。そういうなかでドゥも北米ではフライ級で戦っており、A1ではフライ級タイトルマッチでも戦い、敗れている。川原と同様にドゥにとっても、北米でのストロー級の解禁は待ちに待った絶好の機会といえるだろう。

ともあれFight Pass中継のある北米MMAプロモーションにストロー級王者は存在せず、日本とONE以外でストロー級王座が設けられているのも、インドネシアのONE PRIDE MMAなど極めて限定されている。そのなかで北米、しかもユライアが肝入りでストロー級王座を新設する。今、何がA1──そして北米で起きているのか。

その事実を確認し、また王座決定戦に関する意気込みを川原に話してもらうと取材を申し込んだところ、「僕は試合に勝っていない。負けた僕に発言権はないことも分かっている。結果を残していない選手が、試合前に何を話しても説得力はないので」と──固辞。

「勝って、説得力を持たせる」という川原、彼の決意とこれからの野望を日本のMMAファンに伝えさせてもらうためにも──アンソニー・ドゥとのタイトル戦は、必勝。勝利をデフォルトとしてほしい。

■視聴方法(予定)
3月30日(土・日本時間)
午前11時~UFC Fight Pass

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45 MMA MMAPLANET o PRIDE RIZIN RIZIN LANDMARK09 山本アーセン

【RIZIN LANDMARK09】柴田がRIZIN初陣でアーセンにヒザ十字で一本勝ち「諦めずにやってきてよかった」

<フライ級/5分3R>
柴田“MONKEY”有哉(日本)
Def.1R1分45秒by ヒザ十字
山本アーセン(日本)

サウスポーの山本がインロー、左ストレートを伸ばす。柴田も右フック・右ミドルを返すが、山本は左ストレートで飛び込む。さらに柴田が右フックで組みつこうとしたタイミングで、山本が左のヒザ蹴りをボディに突き刺す。そのまま山本が柴田をケージに押し込むと、柴田が自ら前転してアンクル、ヒザ十字へ。これで山本からギブアップを奪った。

試合後、柴田は「僕、もともとPRIDEを目指していて。連敗したときに道路に飛び込もうとしてことがありました。でも諦めずにやってきてよかったです。みなさん、こういう勝ち方をしたのは僕が生きている理由、価値なんで、また僕をRIZINに連れてきてください」と語った。


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45 DEEP DEEP JEWELS DEEP Tokyo Impact DREAM K-1 MMA MMAPLANET o PANCRASE Pancrase341 PRIDE TATSUMI   キック パンクラス ボクシング 五明宏人 修斗 大沢ケンジ 天弥 松本光史 極真会館 海飛 鈴木崇矢

【DEEP Tokyo Impact2024#01&Pancrase341】極真空手出身、海飛&天弥「打撃の回転力と威力が違う」

【写真】性格や考え方は違うが、自信は同じの極真空手出身ブラザーズ(C)SHOJIRO KAMEIKE

和術慧舟會HEARTS所属の兄弟ファイター、海飛&天弥が共に試合を迎える。海飛は24日(日)に東京都港区のニューピアホールで開催されるDEEP Tokyo Impact2024#01でTASUMIと、天弥は31日(日)に東京都立川市の立川ステージガーデンで行われるPancrase341で松本光史と対戦する。
Text by Shojiro Kameike

地元の山口県で極真空手を学んだ2人は、MMAファイターとなるため上京した。しっかり者の兄・海飛と、ヤンチャな弟・天弥というイメージが強い。なぜ二人が極真空手を始め、そしてMMAに辿り着いたのか。いろいろと異なる両者の考え方から、それぞれの個性が浮き彫りになる。


――お二人は極真会館山口支部の出身とのことですが、極真空手は一緒に始めたのですか。

天弥 年齢が6歳ぐらい離れているので、僕のほうがだいぶ後ですね。

海飛 まず僕が4歳の時に極真空手を始めました。もう20年前になります。

天弥 ということは、自分が生まれる前の話ですね。すげぇ(笑)。

海飛 アハハハ。僕は母に道場へ連れていかれたことがキッカケでした。当時は気持ちが弱い感じの子だったらしいんですよ。もっと強い気持ちを持てるようにと、極真空手の道場に入会させたと聞いています。

天弥 母ちゃんは伝統派空手の道場にも行って、「当てないのは意味ない」とか言っていましたよ(笑)。格闘技だから当てるべき、と思っていたんでしょうね。父ちゃんも不良だし。

海飛 その世代だと、地域で誰でも知っている3兄弟だったらしいです(苦笑)。

天弥 その父ちゃんがPRIDEとかK-1が大好きで、ずっとテレビで格闘技を視ていました。もしかしたら子供を格闘家にさせたいと思っていたかもしれないけど、最初は父ちゃんのほうが空手をやることに乗り気じゃなかったんですよ。

海飛 自分が成績を残し始めてから、子供の格闘技に力を入れ始めたっていう記憶がありますね。僕たちは4人兄弟で自分が長男、天弥が三男で。次男と四男は、それほど長くは空手を続けませんでした。

――幼少期に空手を始めた頃の記憶はあるのですか。

海飛 あります。まず見学に行った時、道場にいる人がみんな優しくて。それで自分も楽しくなって入会しました。

天弥 自分もそうですね。最初に戦隊ヒーローの変身グッズを身につけて道場に行ったんですよ。みんながそれで可愛がってくれたのが嬉しくて入会しました。

――皆さん、地元では小学生の時から有名な空手兄弟だったのでしょうか。

天弥 地元の新聞では何度も紹介されていましたね。自分は中四国大会を6連覇していて、全国大会や国際大会でも3位になりました。

海飛 僕は小学校の時に弱くて、中国地方大会で3位とか、全国大会でも入賞できないぐらいでした。次男も天弥も、めちゃくちゃセンスがあるんですよ。ずっと自分よりも結果を残していて、同じ空手をやっている身としては歯がゆかったです。でも弟たちだから嬉しいし、自分も早く追いつきたいと思っていましたね。

――極真空手の世界大会や全日本大会を取材していた頃に、一つ印象に残ったことがあります。極真空手の大会はセコンドにつく人数が多いのですが、服装がバラバラの道場よりも、チームTシャツなどで揃えている道場の選手が勝ち上がるケースが多くて。

天弥 あぁ! 確かに。

海飛 ウチの道場もそうでした。山口県支部全体で土日は集まり、合同稽古や合宿をしたりとか。そういうのって大切だと思います。ウチはまた四男が強くて、小学生なのに下段蹴りが強くて県大会も優勝していました。

天弥 全然かわいくない小学生だ(笑)。

海飛 僕たちでも食らったら痛いぐらいで、周りの子たちも練習を嫌がるレベルでした。

――お二人は空手時代、何の技が得意だったのですか。

天弥 自分は左ディですね。

海飛 天弥は子供の頃から当て勘が良くて、空手の試合でもバンバン左ボディを当てるんです。

――子供の試合であればボディでも真っ直ぐの突きを胸元に当てることが多いと思いますが、そうではなく完全に左ボディブローだったのですね。

海飛 子供の試合もボディのプロテクターはなくて。それなのにバンバン左ボディを打つんですよ。

天弥 めちゃくちゃ得意で、それはMMAをやっている今でも同じですね。

海飛 僕は昔から蹴りが得意でした。左上段蹴りや顔面ヒザが好きで。なぜか兄弟全員でファイトスタイルが違うんです。

天弥 あれ、なぜなんだろうね?

海飛 天弥は4歳の時に空手を始めた時から、バンバン左ボディを入れていたよ(笑)。年長さんのクラスで優勝した時も左ボディで技ありを取っていて。

天弥 何だろうなぁ……。当時から殴るのが好きだったんだよ(笑)。

――お二人はヤンチャな道には進まなかったのでしょうか。

海飛 それは天弥だけですね。地元の公立校は荒れていて、僕は私立に入りました(笑)。

天弥 アハハハ。でもピークは小6ぐらいでしたよ。それが中2~3ぐらいに落ち着いて。

海飛 グレるのも落ち着くのも早すぎるよ!

天弥 単にやることがなかったんですよね。みんなテレビゲームが好きだったけど、自分はそうでもなくて。家にいても楽しいことはないし、外に出て○○の方法を覚えて××をやるようになったりとか。

――……書けない話はやめましょうか(苦笑)。

海飛 兄としては心配でしたよ。とにかく親や他の人に迷惑をかけることはないように、と注意していて。

――すごい世界観です。格闘技の話に戻しますが、空手をやっている頃からプロのMMAファイターになりたいと思っていたのですか。

海飛 僕はずっとプロになりたいと思っていました。

天弥 自分は何も考えていなかったですね。ただ強いヤツとやり合うのが好きで。

海飛 MMAをやるために僕が先に東京に来ていて。当時は天弥が高校に進むかどうか、という話になっていたんですよ。でも天弥は本当に空手の才能が凄くて――正直、それほど練習していないのに強かったので(笑)。

天弥 アハハハ!

海飛 それなら格闘技をやったほうが良いと思い、天弥を東京に来るように誘いました。「本人がやりたいと思うなら、東京に来れば良い。東京では自分が一緒に住むから」と。

――弟想いのお兄さんですね……。海飛選手はなぜ上京したのですか。

海飛 MMAをやるなら東京が最先端だと思ったからです。それでジムを見学しようと思って、最初にこのHEARTSに来ました。もともと大沢ケンジさんのことはテレビ解説とかで知っていて。実際に来てみて話をしているうちに、大沢さんの選手との距離感が好きになったんです。それでHEARTSに入ろうと決めました。

――天弥選手は、海飛選手が上京してMMAファイターになっていくのを、どのように見ていたのですか。

天弥 特に――何も(笑)。

海飛 弟たちは3人とも、僕には全く興味がないです。

天弥 MMAやるには線が細いんじゃないか、っていうぐらいですね。アハハハ。

―ちなみに四人兄弟で、他のお二人は……。

実は四人兄弟。他の2人にも期待したいところだが……(C)SHOJIRO KAMEIKE

海飛 次男は空手を辞めてバスケットボールを始めたのですが、今は山口県の有永道場Team ResolveでMMAをやっています。

天弥 去年、MMAを始めて2~3カ月ぐらいでアマチュア修斗の山口トーナメントで優勝していましたよ(※注)。今年は全日本選手権に出るかもしれないです。

海飛 四男はMMAをやっていなくて。全日本選手権は呼んだら見に来るかな……。

注:次男は吉村大地。有永道場Team Resolve所属で、昨年12月に山口県で開催されたアマ修斗オープントーナメントでウェルター級を制し、取材後の3月17日にも同トーナメントで優勝している。

――上京した時期は1年も違わないお二人ですが、プロのキャリアは海飛選手が10戦で天弥選手が3戦という試合数の差は何か理由があるのでしょうか。

海飛 僕のプロデビューが早すぎました。MMAを始めて半年ぐらいでアマチュアパンクラスやDEEPのフューチャーキングも優勝して、さらに格闘DREAMERSの相手役に選ばれて勝ったじゃないですか。それでプロデビューしなきゃいけない、という流れになり……。

やっぱりMMAを始めた当初は、レスリングや寝技が大変で。最初は『殴れば勝てるでしょ』と思っていたし、実際にアマチュアで勝っていました。でもそれは打撃貯金で勝っていただけでしたね。だからプロデビューしてからは苦しかったです。2連勝して2連敗、また2連勝したあとに3連敗で――最後は減量にも失敗してしまったので。もうメンタル的には地の底にいるような感じでした。

――その状態から、いかに立ち直ったのですか。

海飛 前回の五明戦は、とにかくメンタルを安定させようって考えました。やっぱり気持ちがフワフワしていると勝てないですよね。打撃は国内でもトップクラスだと思っています。組技はそこまでではないけど、自分はできると信じる。ちゃんと自信を持って試合に臨めば勝てるという気持ちで戦いました。要は自分自身に勝てるかどうか、ですよね。

――その五明戦は、とにかく相手が嫌がることをやり通したという印象です。

海飛 はい。相手がやりたいだろうと思っていることを全部潰しました。五明選手は伝統派空手のチャンピオンで、踏み込みの幅もスピードも凄いじゃないですか。その踏み込みから来る左ストレートが強くて。だからまず相手の踏み込みを、カーフキックで潰したんです。

――そうだったのですね。では次に対戦するTASUMI選手の印象を教えてください。

海飛 RNCが得意な選手ですよね。それさえ警戒しておけばKOできると思っています。絶対に勝たないといけない試合です。

――2022年4月に鈴木崇矢選手をKOした時は、どうしても我々も「鈴木崇矢をKOした選手」という見方をしていたと思います。そして今回「五明宏人に勝った男」と見られるかもしれません。そういった注目のされ方については、どう考えますか。

海飛 別に僕は何とも思っていないですね。そもそも五明選手が特別強いと考えていなかったので。あの打撃が見えないだけで、別に組み技は強くなかったですし。もちろん五明選手のほうが注目されていたことは分かっていました。でも最初に左ストレートをもらった時も、『このパンチでは倒れないな』と思いましたし。

天弥 まぁ、TATSUMIって誰だよって感じですよ。僕としては『そんな相手に負けるなよ』としか思っていませんね。

海飛 アハハハ(苦笑)。

――一方、天弥選手はデビュー戦で芳賀ビラル海選手にKO勝ちしたものの、2戦目で反則負けを喫しました。

天弥 結果は結果なので悔しかったです。でも特に何とも思っていないというか、そこまで気にはしていないですね。それで3戦目もKO勝ちして、大沢さんからパンクラスの坂本靖さんに『次は松本光史選手と試合したい』と言ってもらいました。松本選手も僕の映像を視て、試合を受けてくれたという流れですね。

――自分から元チャンピオンとの対戦をアピールしたのですか。

天弥 僕は自信満々なので。大沢さんから『次は誰と対戦したい?』と聞かれて、僕が『松本選手です』と答えました。松本選手に勝ったら、次はタイトルマッチだと思いますし。

――松本選手に対しては、どのような印象を持っていますか。

天弥 まぁ……試合は面白くないですよね。

海飛 いや、あの――(苦笑いしながら顔を背ける)。

天弥 本当にちゃんとしたMMAファイターだと思うんです。トップキープが得意で、テイクダウンして漬け込んでくる。さらにボクシングの練習をして、パンチにも自信がついてKOも増えたっていうイメージです。

――松本選手はキャリアを重ねるごとにカウンターが向上している印象があります。

天弥 そうですね。でもカウンターを合わせられるものなら合わせてみろ、って思いますよ。絶対に倒されないです。

海飛 まず天弥とはスピードが違うと思うんですよね。僕たちは回転力、パンチと蹴りの威力が違うし、そして切り返しが強い。特に天弥は自分の空間を作る能力が高いというか、距離の取り方が巧いので。なかなか相手は触ることもできないと思います。

天弥 今年からベルトを狙って動き出したので、まずは松本選手を倒します!

■DEEP Tokyo Impact2024#01 視聴方法(予定)
3月24日(日)
12時25分~DEEP/DEEP JEWELSメンバーシップ

■Pancrase341 視聴方法(予定)
3月31日(日)
13時~U-NEXT

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45 AB ABEMA DEEP F1 Jr.BORDER MMA MMAPLANET o ONE PRIDE RIZIN RIZIN LANDMARK09 UFC ベラトール 山本アーセン 杉山廣平 柴田MONKEY有哉 海外 神龍誠

【RIZIN LANDMARK09】柴田MONKEY有哉、山本アーセン戦へ「アーセン君に勝ったら海外の強い選手と」

【写真】PRIDEへの憧れが、強い選手が海外からやっていること──という柴田(C)MMAPLANET

23日(土)、神戸市中央区の神戸ワールド記念ホールで開催されるRIZIN LANDMARK09で、柴田MONKEY有哉が山本アーセンと対戦する。
Text by Shojiro Kameike

2019年、神龍誠とDEEPフライ級王座を争う試合前、柴田は「負けたら終わり」と発言していた。それは引退という意味ではなく、「今のやり方じゃダメなんやな」ということだったと過去のインタビューで発言している。そして環境の変化と怪我もありつつ、柴田は2022年12月に杉山廣平に勝利して以来の試合を、初出場となるRIZINで迎えることとなった。なぜ柴田はMMAを続けるのか。そこにMMAがあるから――だけではない。そこに、MMAを始めた頃から叶えたかった夢があるから。


――柴田選手にとっては1年3カ月振りの試合となります。コロナ禍もありましたが、ここ数年は試合のペースも以前と比べて落ちているのではないでしょうか。

「そうですね。今はそれほど試合をしたいわけでもなくて」

――というと?

「昔は自分が上に行くことしか考えていなかったから、怪我がない限りオファーは断らない。とにかく試合をして勝ち、できるだけ早く上に行きたいという感じでした。でも今は試合が終わったら1回オフに切り替えないと、気持ちの面が続かなくなってはきています。年齢的なこともあるでしょうし、ジムの運営もあるので、少し間隔を空けたほうが試合に対する気持ちをつくりやすいんですよ。

KIZUNAはJr.Borderの常連チームだ

だからそんなに試合を詰めなくても良い。

間隔を空けられるなら年2回でも良いかな、と思っていますね」

――結果、今回のRIZIN神戸大会出場は、柴田選手にとってはタイミングが良かったのですか。

「あくまで結果として、タイミングは良かったのかなと思います。というのも去年、子供が生まれたんですよ」

――おぉ、それはおめでとうございます。

「ありがとうございます。杉山選手との試合後、会場でプロモーターさんには『子供が生まれるので、しばらく試合はできないです』と伝えていました。嫁さんのサポートをしたかったので。その時点で休むのが1年か2年かは決まっていなかったけど、『そろそろ試合ができるかな……』と考えていた時にオファーが来たんです」

――それがRIZINからのオファーだったのですか。

「いえ、まずDEEPのオファーがありました。でも僕が気持ちをつくることができる相手ではなかったというか。いつも自分は『僕が負けると思われる相手と試合をさせてほしい』とお願いしているんですよ」

――しかし対戦オファーがあった相手は、そうではなかった。確かに柴田選手は2011年のプロデビューで、もう誰が相手でも戦うというキャリアやポジションでないとは思います。同時に普段DEEPで視ている選手であれば、どういった試合になるかも予想がつくかもしれません。勝ち負けはともかく。

「そうですね。普段から『自分と戦ったら、どんな試合展開になるか』と考えながら試合を視ているわけで。もちろん試合はやってみないと分からないです。自分も今まで、どれだけ勝つと意気込んでいても負けたことはありますし。

そんな時にRIZIN神戸大会があると聞いて、佐伯(繁DEEP代表)さんに『RIZINに出たい』という希望を伝えました。そうしたらタイミング良く、山本アーセン君との試合が決まって」

――柴田選手は対戦カード発表の記者会見で、PRIDEへの憧れを口にしていました。現在であれば柴田選手にとって、それだけRIZINで試合をすることの価値は高かったということですか。

「まず今年は意味のある試合をしたいと考えていました。RIZINに出ると注目度は一気に上がるじゃないですか。それとDEEPでは組まれないような相手とも試合ができる。そう考えた時に、RIZINに出ることは自分にとってはプラスしかない――と。周りの人も……簡単に言えば、RIZINに出ることが発表されてから、知り合いが増えました(笑)」

――知り合い、ですか。それは会ったことのない親戚が増えたのではなく(笑)。

「アハハハ。有名になると、よくあるやつですね。そこまでではないけど、『あれ? 誰やったかなぁ……』みたいなことは増えて」

――特に山本アーセン選手が相手となれば、より注目度は高まるでしょう。

「そうですね。オイシイ相手やなぁって思います。これは決して、相手のことをナメているわけじゃなくて。プロモーター側からすれば『柴田って、どれだけやれるんや』って測るために良いカードだったんでしょうね。別にアーセン君のほうが注目されているからって、それは気にしていないです。

僕はアーセン君のことを尊敬しているんですよ。レスリングで世界を獲っているじゃないですか。彼が世界カデット選手権で優勝した時のことをドキュメンタリーで視て、『凄いな!』と思いました。そのレスリングで世界を獲った選手と自分が戦ったら、どんな試合になるんやろう? 単純にワクワクしています。RIZINならではのカードで」

――ファイターとしても、ジム経営者としても認知度を高めていく必要はあると思います。柴田選手の中では、いつ現役生活を終わりにするのか決めているのですか。

「何年後かって決めているわけではないけど、もう長く続けられないとは思います。年齢や怪我のことだけじゃなく、ジムの若い選手をサポートしたい。ウチのジムで強くなりたいと言ってくれている若い選手のために、もっともっと良い環境をつくらなアカンと考えています」

――なるほど。ではMMAファイターとしてのアーセン選手の印象を教えてください。

「パンチが強くなっているのと、真っ直ぐな気持ちが試合に出るファイターですよね。RIZINファンの方や、世間の味方としてはアーセン君が勝つと思っているかもしれない。でも僕は、もちろん自分が勝つと思っています」

――ご自身のキャリアの中で、今回の試合はどのような位置づけになると思いますか。

「今の最終的な目標は、RIZINで強い外国人選手と戦うことです。僕の夢は、PRIDEに出ることでした。最初にPRIDEを視たのは、ヒョードル×ミノタウロの2戦目で。あの試合を視て『自分もコレをやりたい』と思ったんですよ」

――強い外国人選手というと……。

「海外のベルトを持っている選手や、元UFCファイターとかになりますね。特にUFCで勝っている選手なら、誰もが強いと思ってくれると思うので。以前、海外でUFCやONEに出ているファイターと練習したことがあるんですよ。僕としては、その選手たちが練習している環境があれば、UFCファイターとも戦えるなって感じました。今は自分自身で、そういう練習環境をつくっているつもりです」

――柴田選手がデビューした2011年には、すでにPRIDEは活動を休止していました。以降は日本の格闘技界も厳しい時代が続いていました。

「確かにファイターとして目指す場所は、なくなっていたかもしれないです。でもそれ以上に、PRIDEに出ていたファイターのように強くなりたいという気持ちが一番で。プロデビューして、勝って、ベルトを巻きたい――デビューした頃ならUFCが一番だったかもしれないですよ。でも何か違うな、って」

――UFCの何が違ったのでしょうか。

「もちろん一番の舞台やけど、別に海外で試合したいと思っていたわけじゃないんです。当時はUFCもフライ級がなかったですし。当時は何回か、PRIDEが復活するという噂もあったじゃないですか。自分の中では『PRIDEが復活して軽量級もやってくれるなら、出られるようにしておこう』と考えていました」

――柴田選手にとっては、かつてのPRIDEが今のRIZINということなのですか。

「正直、今のRIZINも当時のPRIDEと同じようには考えていないです。それが一昨年の大晦日にRIZINとベラトールの対抗戦があったじゃないですか。僕はPPVで視ていて、PRIDEのテーマが使われているし、対世界や団体対抗戦の雰囲気を感じました。自分の中に『ここでやりたい。ここで海外の強い選手と戦いたい』という気持ちが沸き上がってきて。

あの時は、PRIDEのテーマを聴いただけで鳥肌が立ちました。今回アーセン君に勝ったら、『海外から強い選手を呼んでください!』と言ってもエエんちゃうかな、と思っています。次の試合は自分の夢を叶えるために――僕が発言権を得るための戦いです」

■視聴方法(予定)
3月23日(土)
午後12時00分~ABEMA、U-NEXT、RIZIN100CLUB、スカパー!、RIZIN LIVE

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45 MMA MMAPLANET o PRIDE UFN UFN239 コリー・マッケナ ジャケリン・アモリン

【UFN239】蹴りをキャッチされたアモリンが引き込み、三角から十字でマッケナをタップさせる

<女子ストロー級/5分3R>
ジャケリン・アモリン(ブラジル)
Def.1R1分38秒 by 腕十字
コリー・マッケナ(英国)

PRIDEのテーマで入場してきたアモリンが左ジャブを突いて回る。マッケナの右ローをかわし、左ミドルへ。マッケナがアモリンの左ミドルをキャッチすると、アモリンが引き込んだ。下から三角絞めをセットアップしたアモリンは、スラムされるもマッケナの右腕を伸ばす。マッケナが声を挙げたか、アモリンはタップしたと思ったか。レフェリーが一度割って入る動きを見せたためにアモリンが三角を解いた。しかし続行のため、すぐに腕十字に切り替えたアモリンがうつ伏せになり、腕を伸ばす。さらにマッケナのヒジを曲げてタップを奪った。


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o PRIDE RIZIN YA-MAN 平本蓮 斎藤 斎藤裕 朝倉未来 榊原信行

【RIZIN】速報中!超RIZIN.3 超緊急記者会見

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予告されていた六本木ヒルズアリーナでの超RIZIN.3 超緊急記者会見。そもそもいつ開催されて、どんなコンセプトで誰が出場するのか注目が集まります。そんな土曜日の昼下がり。都内は気温が20度まで上昇。暖かさに絆されて私は六本木ヒルズアリーナへ。現地から電波と充電の続く限り速報します。乱筆乱文にはご容赦くださいませ。

・7月28日さいたまスーパーアリーナで開催
・スタジアムバージョン
・Yogiboが冠スポンサーとして復活
・朝倉未来×平本蓮決定!
・お互い負けたら引退すると宣言
・今の時点ではリングで行う
・過去2回のような一部・二部制は取らない
・RIZIN神戸大会の追加対戦カードを週明けに発表する

さいたまスーパーアリーナのスタジアムバージョンでの開催。PRIDE時代はそれが普通だったけど、久しぶりに開催されると思うと感慨深いものがありますね。あの熱気を若いファンに見せたいと榊原信行CEOは言ってだけど、単純に私もあの景色を久しぶりに見たい!

未来×平本。ぶっちゃけ最強やタイトル戦線からは外れていますが、ファンの求心力は抜群。格闘インフルエンサーの頂上決戦と言うべきか。

本来は昨年4月に未来が牛久に勝って、平本が斎藤裕に勝っていれば、その流れで試合が組めればベターだったのでしょうが、平本は斎藤に敗れ、その後朝倉はケラモフとYA-MANに連敗。絶好のタイミングかと言えば決してそううではないですが、たまアリを埋める爆発力を持っているキラーカードだけに、事前にどれだけ盛り上げる事が出来るか。試合まで大切に持っていってほしい。
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45 AB BELLATOR Bellator CS2024#01 LFA MMA MMAPLANET o PFL PFL vs Bellator PRIDE アーロン・ピコ ガブリエル・ブラガ クレベル・コイケ ジェレミー・ケネディ パトリシオ・フレイレ ヘスス・ピネド 鈴木千裕

【Bellator CS2024#01】パトリシオ・フレイレ─01─「チヒロとの試合を思い出さないわけはなかった」

【写真】パトリシオのリモートインタビューでの背景は、お馴染みの感じになってきた(C)MMAPLANET

22日(金・同)に英国は北アイルランドのベルファーストにあるSSEアリーナで開催されるBellator Champions Series2024#01「Belfast」でジェレミー・ケネディの挑戦を受けるBellator世界フェザー級王者パトリシオ・フレイレ。
Text by Manabu Takashima

パトリシオは本来2月24日(土・同)にサウジアラビアで実現したPFL Champ vs Bellator ChampでPFL世界フェザー級王者ヘスス・ピネドとの王者対決が決まっていた。しかし、ファイトウィークになりピネドが足の負傷で欠場となり、ガブリエル・ブラガとの対戦が発表されていた。

ところが計量の日になってブラガは父の死を引きずっているという理由で試合がキャンセルに。現地入りして激しい感情の起伏を経験したパトリシオ。ショートノーティスでの試合を受ける際に、彼が昨年7月の鈴木千裕戦を思い出さないわけがなかった。

それでも試合を受け、結果的にキャンセルとなったパトリシオにサウジアラビアで起こった出来事について訊いた。


──2月24日のPFL vs Bellator、パトリシオはローラーコースターのようなファイトウィークを送ったことだと思います。まずヘスス・ピネドとのチャンプ・チャンプ対決が行われなくなったことをいつ知ったのですか。

「サウジアラビアに着いてからだった。プロモーションの方からは試合を組む意向だと聞かされていたけど、計量の2日前になってガブリエル・ブラガと戦うことになった。でも、知っての通り試合は行われなかった」

──ピネドとの試合が無くなったと知った、昨年7月に鈴木千裕選手とショートノーティスで戦ったことが思い出されました。実際にパトリシオ陣営の人間からも『代役とは戦うべきでない』という言葉が自分の下には届いていました。ピネドが欠場になった時、代替カードに出場しないという選択肢はありませんでしたか。

「ショートノーティスでガブリエルと戦うことを決める前に、チヒロとの試合を思い出さないわけはなかった。それは今回、ジェレミー・ケネディの挑戦を受けることを決めた時も同じだったよ。短い準備期間で違うファイターと戦えば、またあの敗北のような経験をするかもしれないという考えは常にあった。

ただ結局のところ、俺はウォリアーなんだ。戦いたいという気持ちが、躊躇する考えを上回った。ガブリエル戦が伝えられた時も同じ状況で、俺だけが不利ということではないからね。だから戦うことを決めた。チヒロとの試合前は、首にシリアスな負傷があった。ヒチロは優れたファイターだけど、首の状態の悪さが敗北を招いたと思っている。

ただ手術をして、首は完治した。今は当時より、ずっと良いコンディションだ。あの手の負傷はもう2度とすることはないだろう」

──う~ん、なおさら試合を受けた理由が分かりかねるのですが。そこが日本だったということは関係していますか。

「その通りだよ。若かった頃、俺のヒーローは皆がPRIDEで戦っていた。自分にとって日本で戦うことは夢だった。日本という国で、日本に住む皆の前で戦いたかった……にも関わらず、クレベル・コイケとの試合で俺は何かを失ったような気がしていた。それもあってショートノーティス、体調も良くなかったけど俺は日本のファンの前で最高の試合がしたかった。結果として、大きな代償を支払うことになってしまったんだけどね。だからこそ、チヒロとの再戦は少しで早く実現させたい」

──あの試合を受けたことに後悔することはなかったですか。

「思ったような結果を手にすることはできなかった。ただし、あの場で戦うことを頼まれて、そこに応えない方がずっと恥ずべきことだと俺は今でも思っている」

──ウォリアーの言葉通り、地球の反対側のサムライです。

「ハハハハハハ(にっこりと笑顔を浮かべ、刀で斬る仕草を見せた)」

──鈴木選手との試合と違い、ブラガ戦は実現しませんでした。お父さんを亡くしたことは本当に悲しむべきことです。と同時に1カ月以上前にアーロン・ピコと対戦が決まっており、開催地まで来てお父さんを失ったことが原因で戦わなかったという話が伝わってきて、釈然としないというのが正直なところでした。

「計量後、ガブリエルが戦えないということを聞かされた。彼の気持ちは分かる。ガブリエルは試合を戦わなかっただけでなく、引退を決めたんだ。トレーナーとしても、彼を導いてきた父親を亡くしたことでね。自分がそんな状況に直面したら、やっぱり戦うことはできなくなるだろう」

──……。

「ガブリエルとは計量の翌日、ファイトデーの日に話をした。俺と俺のチーム、ガブリエルとガブリエルのチームの面々で揃ってグロッサリーストアに行き、食事も一緒にしたんだ。彼がこのタイミングで試合をしようと決めたのは、父親の死を乗り越えて前に進むためだった。ファイトキャンプをハードに行い。前向きに生きて行こうという決意の表れだったんだよ。そして、ガブリエルはしっかりとキャンプをやり切ったんだ。

でも飛行機に乗った途端、父親との遠征や練習、全ての思い出が蘇ってきた。ファイトウィークの練習も、減量も全て亡き父を思い出さずにはいられない。そんな精神状況に陥ってしまった。俺との試合をPFLは発表していたけど、ガブリエルはピコとの試合すら取りやめて引退することを決めていたと話してくれたよ。

でも彼のマネージメントチームは、俺との試合のオファーをPFLから受けて、そこも前向きに捉えよう。ここを乗り越えようと、彼を鼓舞した。ガブリエルも応じて、必死で父の死を乗り越えようとしたけど減量の段階になって、もう本当に無理だと悟った。結果、引退することを選んだ」

──……。

「そんな状態で無理をして戦う必要はないと、俺だって思う。俺はプロフェッショナル・ファイターだけど、正直なことを言えばガブリエルとの試合が実現しなくてホッとした部分もある。俺は彼が子供との頃から知っていて、それは亡くなった彼の父親と親交があったからに他ならない。それにガブリエルはチーム・ノゲイラ時代のチームメイトだったからね……」

<この項、続く>

■視聴方法(予定)
3月23日(土・日本時間)
午前1時30分~U-NEXT

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AB F1 o PRIDE RIZIN   ボクシング 鈴木千裕

6.23『KNOCK OUT』代々木大会で鈴木千裕と五味隆典が対戦/両者がコーチの選手育成番組が4月5日放送開始

強くなるボクシング [ 内山高志 ]



 2024年4月5日(金)よりTOKYO MX(毎週金曜日23:00~放送)、TVer(毎週金曜日23:30~配信)にて放送開始するKNOCK OUTのリアリティ番組『THE KNOCK OUT FIGHTER』の記者会見が3月8日(金)都内にて行われた。

『THE KNOCK OUT FIGHTER』とは、KNOCK OUTの常連選手がコーチとなってオーディション、スカウトで選ばれたファイターを1クールの3カ月間で育てながら一緒に練習し、両チームの選手が5vs5の対抗戦を行うだけでなく、チームのコーチ同士の対決も行うというもの。

 その第一弾のコーチ役に初代KNOCK OUT-BLACKスーパーライト級王者&第5代RIZINフェザー級王者・鈴木千裕(クロスポイント吉祥寺)と初代PRIDEライト級王者・五味隆典(東林間ラスカルジム)が就任、鈴木千裕チームと五味隆典チームに別れて全面対抗戦を行うことがKNOCK OUT・山口元気代表より発表された。


 タイトル的にもKNOCK OUT版のTHE ULTIMATE FIGHTERですね。続きを読む・・・