【写真】取材当日は選手がインボディでの測定後、理学療法士の所澄人トレーナーから指導を受けた(C)SHOJIRO KAMEIKE
世界的なスポーツとなったMMAで勝つために、フィジカル強化は不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike
連載第7回目の後編は、体づくりとMMAのスポーツ化について語り合う。現在、日本でMMA関連スポーツは日本スポーツ協会(旧称=日本体育協会)に加盟していない。それは「スポーツ認定を受けていない」と言い換えることもできる。MMAの普及、競技人口の増加——MMAの未来を考えるうえでも、特に中高生のフィジカルについても考えていきたい。
<連載第7回Part.01はコチラから>
――MMAのスポーツ化、ですか。
鈴木 僕の基本的な考えは「MMAをスポーツとして認定してほしい」というものです。そのためには成長期の中高生に、保護者が納得して習わせることができるスポーツにならないといけない。
だから選手だけでなく、ジムや指導者側もアスリートのための勉強をしてほしいと思っています。一番の希望は栄養士や理学療法士など、ちゃんと勉強して国家資格を取得した人に、MMAに関わってほしい。ちゃんと国が定める基準で見てほしい。ベテランのファイターやトレーナーが「自分の経験則で……」と指導するのは違う話なんです。
――なるほど。その点がMMAのスポーツ化と、どのように繋がってくるのでしょうか。
鈴木 正確に言えば「国にMMAをスポーツとして認定してほしい」ということです。世界各国のスポーツ関連の省庁でスポーツ認定されるためには、様々な条件があります。プロよりもアマチュアのほうが競技人口は多い、子供の競技人口が多い、世界標準のルールがある――など。日本のMMAは、おそらくアマチュアよりプロ選手のほうが多いですよね。
――「世界標準のルール」というのも難しいです。プロモーションによって大きくルールや採点基準が異なりますし。
鈴木 各団体が「ウチ独自のルールでやる」と言った時点で、それはスポーツではなくイベント……娯楽として認定されるんです。
所 たとえば何かしら事業を始める場合、国が定める業種に分けられるんです。格闘技ジムは「娯楽」に分けられますね。娯楽業というと、パチンコなど娯楽産業と同じで。他のスポーツは「教育」といった業種になるのですが……。
――同じ格闘技でも柔道やレスリング、空手の道場は「娯楽」ではないわけですね。
所 ジムや道場でいえば、その形態にもよると思いますが、スポーツ関連の業種に分けられると思います(※注)
注)国の定める「日本標準産業分類」では、大分類:教育,学習支援業 > 中分類:その他の教育,学習支援業 >分類コード:スポーツ・健康教授業 がある。その内容は「スポーツ技能、健康、美容などの増進のため、指導者が柔道、水泳、ヨガ、体操などを教授することを主たる目的とする事業所」。一方、「スポーツを行うための施設を提供する事業」、たとえばフィットネスクラブは「スポーツ・健康教授業」に分類されない。
【参考】総務省「大分類O—教育,学習支援業 総説」
鈴木 五輪競技である、つまり日本のスポーツ庁がスポーツとして認定しているということですよね。分かりやすい例としては。ただ、先ほど言ったようにルールの面は難しいです。僕たちのようなイチ道場主だけの意見では、どうにもならない。まず現場となるMMA道場としては、競技的な体組成や栄養を理解するところから始まると思っています。
――まだ身体が成長過程にある中高生も、安心して道場に通ってもらえるように。
鈴木 はい。たとえば17歳や18歳の選手がパンチを食らってダウンした時に脳のMRIを撮って、続けて大丈夫かどうか確認する。それと同じように、捻挫しやすい子の体組成を調べて「思ったより筋肉量が少ない」と分かれば、その点を改善していく。アスリートとしての身体的な評価を、具体的な数字で出してあげることが必要です。他競技のトップアスリートは、もっともっと細かい状態を調べてアプローチしていますよね。
――所さんは他のスポーツ選手を指導しているなか、MMA界の状況を見た時に驚きませんでしたか。
所 いや、う~ん……やっていると思っていました(苦笑)。
鈴木 アハハハ、そうだよね。
所 もちろん体組成からアプローチしている選手や指導者もいるでしょう。でも、やっていない人が多いのであれば凄くもったいないですよね。たとえば大リーグ、野球選手って50年前の日本人と今の日本人では平均で身長が10センチは伸びており、体重は10キロ増えています。対して米国人は昔から身長も体重も、大きくは変わっていない。それは食事の欧米化が進み、体が大きくなっているということなんですよ。
――大谷翔平選手は、まさにその象徴ですよね。体格的に米国のメジャーリーガーに負けていない。
所 そうなんです。食事の欧米化は、スポーツの観点で見れば必ずしも悪いわけではありません。ただ、MMAは階級制で体重調整がありますからね。体が大きくなっていくなかで、どう食事と向き合っていくのか。他のスポーツよりシビアにならないといけない。食事に関してはセオリーもあるなかで、どのタイミングで何を摂取すれば良いのか。それも階級によって変わってくると思います。他のスポーツよりも複雑なので、より勉強してほしいです。
鈴木 前にもお話しましたが、加藤久輝は元ハンドボールの日本代表です。彼がハンドボールの現役だった十数年前から遺伝子検査、腸内環境検査、体組成検査はやっていたそうで。それが民間に降りてきて、民間の実業団やプロの選手も使い始めました。
これがアマチュアの中高生にとっても普通になれば――すでに甲子園レベルの野球部や、インターハイクラスのバスケットボール部やサッカー部も取り入れています。インピーダンス法で測り、体組成や腸内フローラ、遺伝子を調べることがスタンダードになってきている。僕が言っているのは、何も特別なことをやりたいわけではなく、国がスポーツ認定している競技と同じものを普及させていきたいんですよ。
所 僕はフィジカルトレーニングについては、「自分のキャパシティを増やすこと」だと説明しています。現在の100パーセントのキャパシティで同じ動きを続けていても、それは100パーセントにしかならない。でも――筋力やフィジカルを底上げし、キャパシティを110パーセントに増やすと、同じ動きでもパフォーマンスが10パーセント上がります。
こういう話って、一般の方のほうが理解しやすいんです。自分のキャパシティを増やすと、動きが変わって日常生活が楽になる。それを体感しやすいから、トレーニングの意味を納得しやすい。だけどスポーツも同じです。スポーツはスキルあってのものですが、そのスキルを向上させるためにトレーニングでキャパシティを上げてほしい、と思います。
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