【写真】ソン・ヤードンはフリオ・アルセ戦でのKO勝ちで、オクタゴン戦績を7勝1敗1分とした (C)Zuffa/UFC
過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客3名が気になった試合をピックアップして語る──装いも新たになった当企画。
背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。そんな新たにMMAPLNAETが迎えた3人の論客──二人目は、J-MMA界の水先案内人、和術慧舟會HEART代表・大沢ケンジ氏だ。
選手の育成、MMA中継の解説ばかりか、MCも務める大沢氏が選んだ2021年11月の一番。11月13日に行われたUFN197 よりソン・ヤードンフリオ・アルセ戦について語らおう。
──大沢さんが選ぶ11月の一番、どの試合になるでしょうか。
「UFCのソン・ヤードンフリオ・アルセの試合ですね」
──その理由は?
「日本人は体が弱い、日本人は打ち合いができない。凄くこういう意見が多いです。そこ、僕は本当に思っていなくて。やれることはやれる。この試合を見た人で、ソン・ヤードンは特別でしたか?
特別じゃなくても、ソン・ヤードンはできているじゃないですか。じゃあ、打ち合えない日本人選手と何が違うのか。それは怖がっていないということに尽きると思います。勝負できている。日本の多くの選手が、足を使う選手が多いです。ソン・ヤードンも使っています。距離を外します。でも、必要以上に下がらないし、下がっていても打ち終わりで殴っていく。大げさに避けていない。アルセが出ると、打ち返しています。
足の使い方も良いのですが、アレができるのはメンタル的な部分が強いからだと思います。技術よりメンタルです。
メンタルが強いと距離を取っても戦えるし、打ち合いもできます。怖がって距離を取るわけじゃない。精神的に削られないから距離を取っているわけではなくて。でも、日本の多くの選手が戦術の一つではなくて、精神的に楽な方を選んだ結果、距離を取っています」
──スティーブン・トンプソンが下がり、回るのとは違うということですね。
「トンプソンは呼びこんで、殴るために足を使っていますからね。そこで付きまとうのが、ダメージの話なんです。ボクシングの世界戦だと30分以上、ほぼ殴り合っています。パンチもそれだけ被弾しています。
ボクサーがパンチを受けて、立っていてもスゲェってあんまり言われないと思うんです。MMAグローブよりも大きなグローブの方がダメージ蓄積するっていうのに、ボクサーの試合を見て『休んだ方が良い』とか、あんまり言わないじゃないですか。
練習でも週に3、4日スパーリングをしています。でもMMAでそれをやると『危ない』と言われる。過敏なんですよ。MMAグローブが倒れるのは硬くて、痛いからビックリして倒れているんです。
僕は想定している痛さとか、威力に対しては、人間は結構我慢できると思っています。ウチの中田がRYO選手や田村(一聖)君と戦った時にフラッシュダウンをしていますけど、それって一発目なんです。
これはFCでも見られますけど、倒れるのって一発目。最初は怖いから、貰ってビックリする。でも覚悟ができ始めて、二発目、三発目を貰っても我慢できる。だからUFCとかって、そういうダウンって少なくなっています。ボクサーのように殴り合う試合が増えてきて。それって打撃が上手くなってきたのと、貰うことに覚悟できるようになっているからだと思います。
ソン・ヤードンもそうだし、ジョン・チャンソンが特別だと思っていないです。彼らは別に打たれ強いわけじゃない。特別なのは覚悟なんです。
アジア人として、体が特別強いわけではなくて、覚悟が特別なんです。変にコンプレックスを持っているけど、日本人のボクサーは勝負できています。これだけ世界チャンピオンもいて。
だから日本人は殴り合いが弱いわけじゃない。キックボクシングでも、海外の選手をやっつけている。立ち技が弱いだけじゃないのに、グローブが変わった途端に打撃ができなくなるわけがないじゃないですか。
堀口君も『皆、できないと思っているだけ』って言っていますけど、本当にそうです。中田は日本人でも殴り合えると信じてやっていて、それでやってきています」
──自分は一つの考え方があって。ボクシングもキックも殴り合いに強い選手しか勝てない。でも、MMAは組みで勝てるから殴り合いで勝てる自信がなくても、他の局面で勝てば良いじゃないですか。打撃に対してビビりでも勝てる。それがMMAだと思っています。
「今はもう、UFCの傾向を見ていても打撃で勝負できる気持ちを持っていないとダメだなって……僕は感じています。グラウンドでも良いです──勝つには。ただし、立ち技でパンチを怖がっているとダメです」
──打撃を嫌がってテイクダウンに行くと、それこそ今のUFCでは倒せない場合が多いです。
「その通りで。ロシアのヤツらなんて、あんまり打撃が上手くないから、結果は組みになるっていうことが多いけど、打撃に対してそこまでの恐怖心を抱いていない。そんなに上手くないけど、踏み込んで打ち合っている」
──彼らの試合を見ていると、パンチもレスリングですよね。
「あぁ、なるほど。そうですね。組みが強いから、下手でもパンチが強い。それができるのも1発や2発なら我慢できるという精神構造があるからですよね。でも、日本の多くの選手は1発も貰いたくないと思っています。
つまりは怖がっているということで。距離の外し方も大げさで、一発もらうとテイクダウンへ行く。ストライカーと言っている人間も組みに行く」
──それは日本人だけでなく、世界中の選手がそうではないですか。いわばクリンチ替わりです。貰っているなら、殴られないようにする手段としてテイクダウンもある。あのマイケル・チャンドラーですら、そうです。
「アハハハハ。もうレベルが違うじゃないですか、それって。チャントラーはガンガンやりあったなかで、スタミナが切れて……効かされたから組んでいます。
打ち合って劣勢だから組みに行く。最初からじゃないってことなんです。最初に2発ぐらい貰って、それをするなよって。弱気なところが見えるので。
ソン・ヤードンには、それがない。さっきも言ったけど、ジョン・チャンソンも細い選手です。なら日本人選手だってできる。勝負をしに行けば、そんなに差はないと思っています。確かに技術力は必要でも、日本人選手ができないことをやっているわけじゃない」
──とにかくソン・ヤードンができるなら、日本人選手もできるということを大沢さんは強調したいと。
「だってアルセ戦で見せたのは体の強さでもなく、組み技の強さでもない。倒したのは打撃で、それもスタンダードなキックボクシング。K-1の日本人選手ができる技術は、MMAの選手だってできます。でも、その技術があっても試合でできないのは気持ちのせいなんです。ソン・ヤードンアルセは日本人選手に足りないことが、『分かったじゃん!』という試合でした」
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