【写真】時間を置いたからこそ、語られることがある (C)TAKUMI NAKAMURA
7月28日(日)に、さいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナで行われた超RIZIN03にて、神龍誠と対戦した扇久保博正。師弟時代のエピソードがクローズアップされた因縁の一戦は、扇久保の判定勝利という結果に終わった。
Text by Takumi Nakamura
試合後のインタビュースペースでは扇久保が「今までの試合の中でもキツかった」とこぼしたほど、精神的にプレッシャーを感じていた一戦だが、その理由は神龍との因縁だけでなかった。
またRIZIN公式YouTubeチャンネルでのバックステージ動画RIZIN CONFESSIONSで公開された控室で神龍にかけた「全部俺が悪いから。ゴメンな」という言葉など、試合から約1カ月が経った今だからこそ、扇久保があの試合の裏側を語ってくれた(※取材は5日行われた)。
──神龍選手との一戦は扇久保選手の色んな感情や想いもあった試合だったと思います。改めてあの試合は扇久保選手にとってどんな試合でしたか。
「自分は試合を見直さない方で、記憶は薄れてきているんですけど…実は今回試合前にちょっと怪我をしていて、そこで少し難しい試合だったというのはありますね。その部分で自分の中ではキツい試合だったなと思います」
──試合後のバックステージインタビューでも「今までの試合の中でもキツかった」と言われていましたが、それは神龍選手と戦うことプラス、怪我があった中での試合という要素もあったんですね。
「かなりありましたね。練習がほとんどできないような怪我だったんですよ。あれだけお互い煽り合って、あいつには絶対負けたくないという試合で『この怪我か…』という感じでした」
──そんなに重傷を負っていたんですね。
「試合の1カ月半くらい前に怪我をしてしまって、怪我した箇所が全く動かせなくて。試合までの間はそういう状態で練習しないといけなかったんですよ。それで試合の1週間くらい前に軽く組み技ができるようになったくらいでした」
──欠場しかねないような怪我だったんですね。
「はい。怪我して最初に診察してもらった病院でCTを撮ったんですけど『2週間安静にすれば大丈夫です』と言われて。でも僕としてはとんでもない痛さだったんですよ。これは欠場レベルの怪我だろう、と。でもそういう診断結果だったので、それならやろうと思って準備していたのですが、結局試合当日まで治らず、という感じでしたね。
それで試合が終わって別の病院でMRIを撮ったら重傷だったことが分かって、そこでやっぱりヤバい怪我だったんだなって知りました(苦笑)」
──でもあのシチュエーションで欠場はできないですよね…。
「そうですね。あそこではあとに引けないというか、自分の中でやるしかねえなっていう感じだったんで、もう覚悟を決めてやった感じです」
──また今回は扇久保選手と神龍選手の過去の因縁がクローズアップされた試合で、双方に色んな想いや言いたいことがあったと思います。そのなかで、どうしても扇久保選手が年上で先生だったという部分で、扇久保選手が高圧的な態度を取っていたんじゃないかという見方が多かったように思います。扇久保選手は反論したい気持ちもあったと思いますが、どんな心境で試合までを過ごしていたのですか。
「あの時の記者会見、僕の中では誠………誠と言いますけど、誠は結構トラッシュトークをする子じゃないですか。だから初めてリングに並んだ時(4月29日RIZIN46)に『殺してやるよ』とか言われると思っていたんです。そしたら意外に『扇久保先生』みたいな、真面目な感じだったので、あの時はそういう感じで来るのかと思いました。
でも自分の中ではもっとドロドロした2人のストーリーがあるんで、それを言った方が盛り上がるのかなって思っていて、これは俺から言うしかねえなと思って、僕から会見で仕掛けたんですよ。そうしたら、僕が思っていた何倍も僕の方がヒールというか批判が来て(苦笑)。こういう風に受け取られるんだなと思って、最初は結構戸惑いましたね」
──怪我を抱えての調整という面でストレスもあったと思いますが、どのようなことを意識して練習を続けていましたか。
「怪我はあったんですけど、本当にやれることは全部やりきって。試合にもずっと集中していたので、そこは影響はなかったかなと思います」
──試合中は動ける範囲で勝つ術を見つけていこうという考えだったのですか。
「左のパンチと蹴りで行くという作戦でした。鶴屋(浩)さんとも蹴りで作っていこうというのは決めていました」
──蹴りを多用したのは作戦通りだったのですね。
「そうですね。でも1Rにいきなり僕が思っていたより何倍もテイクダウンのスピードが速くて、あれでちょっと高い蹴りを打つのを警戒しちゃいましたね」──もちろん怪我のことを知らずに試合を見ていて、扇久保選手が神龍選手の持ち味を出させないように、蹴りでコントロールしていた印象があったのですが、そこは自分でもコントロールできているという感覚はありましたか。
「そこはコントロールしている感じがありました。だから本当に今回の試合は経験で勝った感じですね」
──もしRIZINにランキングがあるとしたら、扇久保選手と神龍選手の試合はトップランカー対決だったと思うのですが、そこで勝ったということで自分の評価が上がる試合だったという意識はありますか。
「どうだろう。あんまり自分の中では(評価は)上がってないですね。怪我でいいパフォーマンスができなかったので、経験で勝ったなぐらいの気持ちで今はいますね。手放しで喜べる試合ではなかったです」
──怪我の状況としては今も引き続き治療を続けているのですか。
「はい。今も治療をしているのですが、まだ完治はしていないので、今月いっぱいは安静にしています」
――神龍戦をクリアして今後の展望としては海外の強豪と戦っていきたいですか。
「そうですね。強い外人選手とやりたい気持ちが大きいです」
──今、RIZINもイベント全体として海外の選手がどんどん増えてきています。強豪外国人が増えることで日本人選手の活躍の場がなくなるのではないかという意見もありますが、扇久保選手としては望むところですか。
「はい。むしろそう思うのが普通じゃないですか(笑)。僕は強い外国人がRIZINに来てくれて、それに日本人が勝つ姿を見せることが盛り上がると思っているんで、そういう選手を倒していってRIZINフライ級を世界一にしたいです」
──神龍戦は経験で勝ったという言葉がありましたが、年齢・キャリアを重ねて技の引き出しや戦いのバリエーションも増えて、いかなるタイプの相手が来ても勝っていけるという自信はありますか。
「僕ももう37歳になるんですけど、まだ強くなっているなというのは感じるし、特に試合での強さというのは上がってきているなって感じますね」
──それは試合運びという部分ですか。
「それもあると思うんですけど、練習方法を年齢に合わせて変えているので、それが自分的には大きいのかなって思っています。やっぱりこの1~2年で練習量が大幅に減りましたね」
──大幅に、ですか。
「練習の質は落ちていないんですけど、練習量は昔の半分以下ですね。スパーリングの本数も昔に比べたら半分以下になっています。やっぱり今は疲労が一番の敵というか、疲労が溜まった状態で動くと怪我もするので、そこの見極めも上手くなってきたかなと思いますね。昔だったら疲れていても決めた本数をやらないと納得できない感じだったんですよ。それが最近はこれ以上やったら怪我するって分かるんで」
──なるほど。ハードな練習を限られた回数やるよりも、継続して練習できる方が結果的にコンスタントに練習できるのかもしれないですね。
「そう思いますね。僕の中では格闘家は試合よりも練習でダメージが溜まっているというのが持論なので、いかに練習でダメージを溜めないか。それを考えながら練習しています………そんなことを言っておきながら、怪我してんじゃんって話なんですけど(苦笑)」
──もちろんそこはケアしていても避けられないものなので。
「それこそ若い頃は練習をしすぎて、試合当日が一番ヘロヘロで試合したくねえなって感じる時もありましたからね(苦笑)。さすがにこれはまずいって思うようになって。それでいうと2016年にTUFで1カ月半アメリカに行った時、みんなあんまりスパーリングをやってなかったんですよ。それで『なんでやらないんだ?』ってコーチに聞いたら『練習で頑張るんじゃなくて、試合の日に頑張ればいいだろ?』みたいに言われて。あっ、そういう考えなんだなというのを学べたことは大きかったかもしれません」
──こうして話を聞いていると、キャリア的にも今が一番いい状況だと思うんですけど、だからこそ海外の強豪や世界的に扇久保選手の評価が上がるような相手、そういった意味のある試合をやっていきたいですか。
「そうですね。調子はいいですけど、いつ終わるか分からない年齢ではあるんで。それこそ大怪我をして、ここから2年くらい試合間隔が空くとなると、さすがに精神的にも厳しくなったりするんで。そういうことを考えると、一戦一戦強くて、この選手に勝ったら自分の名前が上がるという意味のある選手とやりたいとは思っています。だからこそ今回の試合で勝てたことは自分の中では大きいです。もしあそこで負けていたら、何もなかったんで。本当に勝って良かったなっていう」
──ちなみに試合の後もバックステージで神龍選手と話をされていましたけど、映像に残っていないところでも2人の間に会話は存在していたのでしょうか。
「あれ以外は話はしていないです」
──僕は控室で神龍選手にかけた「全部悪いから、ごめんな」という一言に全てが詰まっていたなと思いました。
「ああ……どうなんですかね?」
──全てというか、それ以上言い始めたら止まらなくなりそうじゃないですか。
「本当にあの言葉は嘘じゃなくて、仮に僕が負けていても、誠には一言謝ろうと思っていました。本当に色々あったし、僕も若くて頭がおかしかったんで(苦笑)。誠に優しくしてあげられなかったというのはあります」
──神龍選手側からすると、10代でジムに入った時の先生という見方ですが、扇久保選手側からすると20代の一番ギラついている時に10代の子たちの面倒を見て育てるというのもハードルが高いじゃないですか。
「……はい。なかなか難しかったです」
──しかも他のスポーツと違って格闘技の場合は実際にそういう選手たちが道場でコンタクトするわけで、それは衝突もするよなと思いました。
「そうなんですよ。でもそこがなかなか伝わらなかったです(苦笑)」
──だからこそ試合後に扇久保選手が余計なことを言わずに「ごめんな」とだけ言ったことで、扇久保選手と神龍選手のストーリーが一旦完結したなという気がしています。
「そうかもしれないですね。あと僕が誠に言葉をかける前にスタッフの人を押しのけていて、そこが切り取られて拡散されてましたけど、あの時のことは本当に記憶がないんですよ!」
──扇久保は人間的に難があるみたいな言われ方をしていた切り抜きですね。
「そうです、そうです」
――でも試合の直後の興奮している時に相手に声をかけようと思って、人とぶつかりそうになったらああなりますよね。
「ホントそうなんですよ!誠に一言言おうということしか頭になくて、アドレナリンもバンバン出ていたから、それ以外のことが頭になかったんですよ」
──しかもカメラのアングル的に、あの角度からだとグローブ係のスタッフということが分かりますが、扇久保選手からすると視界の外から知らない人が目の前に飛び込んできた感じですよね。
「そうなんですかね? とにかく記憶がなくて逆にビックリしました、俺、あんなことをしてたんだって。だからこのインタビューで改めて言わせてください。あの係の人には謝りたいです。すいません!」
──これはしっかりと書いておきます(笑)。今は怪我を治していただいて、次の試合に備えてください。
「早くて大晦日かなとは思っているんですけど、そこは本当に怪我次第ですね。どれぐらい回復するか状況を見ながら、次の試合の時期を考えたいと思います」
──それではまたその時に取材させてください。今日はありがとうございました!
■RIZIN48視聴方法(予定)
9月29日(日)
午後2時00分~ ABEMA、U-NEXT、RIZIN LIVE、RIZIN100CLUB、スカパー!