【写真】フィニッシュの右は先の先。そしてベナビデスは全く観えていなかった(C)Zuffa/UFC
MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは間、質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。
武術的観点に立って見たデイヴィソン✖フィゲイレド✖ジョセフ・ベナビデスとは?!
──UFC世界フライ級王座決定戦、ジョゼフ・ベナビデス✖デイヴィソン・フィゲイレドの一戦ですが、フィゲイレドが体重オーバーでベナビデスが勝利した時のみ新王者が誕生するという変則タイトル戦として行われました。
「フィゲイレドは試合開始直後は重心を低くして、足を開いた蹴りを使う構えでしたね。対するベナビデスのスタンスはパンチだけで蹴りは使えない。う~ん、あの構えと間は……ベナビデスは体調が悪かったのでしょうか?」
──どういうことでしょうか。
「以前の彼はもっとスイッチを使い、蹴りも見せていました。下と上、上と下という動きができていたのに、この試合ではまるで見られなかったです。あの間だとパンチをかわして、パンチを入れる。それだけで前後、上下の連係ができないです。ただ左の威力にフィゲイレドが圧されていたので、テイクダウンを取れたんです。この試合のベナビデスができたことは、パンチからテイクダウンだけ。そういう構えと間でしたね」
──そのテイクダウン後も、フィゲイレドが腕十字に捕えます。ここで抜群の防御&スクランブル能力を発揮してベナビデスが逃げました。
「スタンドに戻ってからのベナビデスは、打ちに行っているので非常に危なかったです。カウンターを合わせられるような状態で戦い続けていました。打撃では常に間がフィゲイレドになっていて、彼はベナビデスが観えている状態でした。対してベナビデスは自分で間を小さくしてしまっていた。
ベナビデスは左のパンチが強いのでしょうが、とにかく打ちに行っていて崩れてしまっていましたね。そして、カウンターを合わされると危ない間で戦い続けた。要は最初こそ左を見せて質量が高かったのが、テイクダウンまで持ち込んでも腕十字で一本を取られそうになったことで、スタンドに戻ってからはテイクダウンを仕掛けて寝技に行かなくなった。
つまり寝技が怖くなった状態での打撃なんです。と同時にフィゲイレドも試合開始直後とは違い、重心が変わりパンチしか打てない構えになっていました。ここではベナビデスもフィゲイレドも質量が下がった打撃をしています」
──フィゲイレドも質量が落ちてしまっていたのですか。
「落ちていましたね。開始直後に蹴りが出る構えから、蹴りのない構えになっていたので。にもまして、ナビデスは状態が良くなかったです。ヘンリー・セフードに勝った時と比較すると、同じ選手には思えなかったですね。
前後の動き、前に出るときの踏みこみは別人です。あの頃は、パンチからテイクダウンにつなげて、そこから左ハイまで見せることができていたのに、この試合では蹴りが出ない構えでした。もっとワイドスタンスで、半四股ぐらいで動いていましたよ。それで出入りがあった」
──2Rに入り、仕切り直しは?
「1Rの終盤は共に質量が落ちていたのが、2Rが始まってフィゲイレドが上がりましたね。後ろ蹴りを見せていましたが、あの蹴りは相当にためがないと出せる技ではないです。ただフィゲイレドはバランスと重心が蹴りは蹴り、パンチはパンチと別々なんです。だから蹴りが出る時は、パンチに威力はない。パンチを出せる時は、蹴りが出ない。そこは分かりやすかったです。
とはいっても、そこまで同じ構えでちゃんとしたパンチも蹴りも出せるのは、UFCといえどもTJ・ディラショーぐらいかと思います。そこまでしっかりと上も下も使えるのは。フィゲイレドは蹴りが良い選手なので、もっと蹴りをガンガン効かせてからパンチにいけばもっと良かったと思います。それが中途半端にベナビデスのパンチに付き合ってしまいました。そこには初回にテイクダウンを許したということが影響しているかもしれないですね」
──蹴りを出すと、キャッチされてと。
「あの日のベナビデスだったら、そこまで心配する必要はなかったかと思いますよ。本当にもっとボコボコにできていたかと。決して調子の良くないベナビデスでしたが、ボクシングには慣れています。そうなると試合は成立してしまっていましたよね。フィゲイレドもパンチだけなら、危ない場面もありました」
──そういう状況で頭が当たり、間合を取り直したベナビデスに対しすかさず右ストレートを打ちこんだフィゲイレドがKO勝ちを決めました。
「最後は先の先でした。それ以上に、ベナビデスが観えていなかった。頭が当たってから下がる間、これは打つこともできないし、蹴ることもできないという非常に危ない状況でした。下がって距離を取っているから、気が抜けたのか……完全に無防備になっていました。これは試合数も多く、経験値が高い人が陥りやすい状態ですね。間合を外すことに慣れているから、大丈夫だと気を抜いてしまった。
危機感があれば、もっと瞬時に動きます。同時にフィゲイレドはあの蹴りを出せる下半身があるので、ベナビデスが思っている以上にパンチが伸びてきたんだと思います。逆にベナビデスは外せると思って下がったので、そこは非常に危ないですね。
とにかく、間がずっとフィゲイレドの試合でした。ベナビデスが良かったのは、開始直後の左ストレートだけで。しかし、体重オーバーをしてもそこを気にしない人でなしさ──が必要になるということですね。無責任、誠意がないことが強さに通じる場合もあるのでしょう。
逆にベナビデスはピークの時にデメトリウス・ジョンソンがいて、この試合では旬が過ぎていたのかもしれない。でも、そういうことは往々にしてあると思います」
──試合を通して質量的には?
「最初からフィゲイレドの質量が良かったですが、それを生かすことは試合でできていなかったです。自分の質量を生かし切る動きにはなっていない。ただし、選手は長所を伸ばすのではなく、試合に勝つ練習をするので……それも致し方ないでしょう。そういう稽古をしているわけでないでしょうから」