8月17日(土・現地時間)と18日(日・同)の二日間にわたって、ラスベガスのT-モバイルアリーナにて、世界最高峰のグラップリングイベントであるADCC世界大会が行われた。今年は既報のように、破格の賞金100万ドルを掲げて日時と場所をあえて重ねて開催してきた対抗団体クレイグ・ジョーンズ・インビテーショナル(CJI)に多くの有力選手を奪われた形となった。レビュー第3回は、元チームメイト同士にして、22歳もの年齢差対決となった77キロ以下級の感動の決勝戦と、3位決定戦の模様をレポートしたい。
Text by Isamu Horiuchi
<77キロ以下級決勝/20分1R・延長10分>
ミカ・ガルバォン(ブラジル)
Def.19分05秒 by RNC
ヴァグネウ・ホシャ(ブラジル)
以前はマイアミのファイトスポーツにて一緒にトレーニングをしていた、親子並に年齢差のある二人。42歳のホシャが笑顔で両手を大きく広げると、20歳のミカも笑顔で歩み寄り両者はハグ。しばらくそのままの体勢で言葉をかけ合った両雄だった。
スタンドの探り合い。足を飛ばすミカ。ホシャが前にドライブすると、ミカはあまり抵抗をせずに倒れてクローズドガードを取った。
ハイガードを取るミカに対して、ホシャはその体を持ち上げ、ガードをこじ開けにかかる。ガードを解いたミカは下から足を絡めると、やがてホシャの左足を引き出して肩に抱える形を作る。が、ホシャは冷静に右足をミカの頭側に移動して足を引き抜いた。
その後も下から足を絡めるミカと、上からそれを捌くホシャという展開がしばらく続くが、6分過ぎにホシャが距離を取ったところでミカも立ち上がり、試合はスタンドでの探り合いに戻った。
7分近く。 ホシャが高めのダブルで前に出るとミカは瞬時に左でワキを差しながら支え釣り込み足。天才的な反応とタイミングで見事にホシャを舞わしてテイクダウンを奪い、サイドに付いたのだった。
さらにマウントを狙うミカだが、かろうじて左足に絡んだホシャは距離を作って立ち上がった。
その後はまたしても両者のスタンド戦となり、やがて10分が経過して試合は加点時間帯に突入した。
額をミカの額に擦り付けて押してゆくホシャは、左でワキを差す得意の姿勢を作る。さらに前に出ながらの小外刈りでミカを豪快に倒すホシャ。
が、ミカは倒された瞬間に右足でホシャの体を跳ね上げて立ち上がると、スクランブルを試みるホシャの背中に、まるで猫の如き俊敏さで飛びついてみせて、あっという間にフックを入れて3点を獲得してみせた。この動きもまた、尋常ならざるものがある。
さらにパームトゥパームで首を絞め上げにかかるミカ。ピンチと思われたホシャだが、後ろに倒れ込むと同時に体を捻って、チョークを振り解いて正対することに成功。
凄まじい攻防に大歓声が上がるなか、ミカのオープンガードの上になったホシャは、なんとも言えない味のある笑顔を作ったのだった。
ここから下のミカと上のホシャの攻防が続いた後、ミカが立って試合はスタンドに戻った。お互い何か言葉を掛け合い、時に笑顔を見せながらも厳しい組手争いを続ける両者。先程の攻防がリバーサルとして評価されたのか、ホシャにも点が入りポイントは3-2となっていた。
12分過ぎ、しきりに差しの体勢を狙うホシャが両ワキを差しにゆくと、ミカはすかさず外掛けでカウンターしテイクダウン。
動きを止めずに立とうとするホシャだが、ミカは再び素早く背中に飛びつきシングルフック。
が、ホシャは腰を上げてミカを前に落とすことに成功した。
上になったホシャは圧力をかけての侵攻を試みるが、ミカの強靭な足と上半身で作るシールドをフレームに阻まれる。やがて残り4分半の時点でミカが立ち上がった。
ここまで見事な攻撃で見せ場を作っているのはミカだが、点差はわずか1点と一瞬で逆転可能だ。どんどん前に出るホシャは左でワキを差すと、ミカが払い腰でのカウンターを狙う。しかしホシャの体は崩れず、すっぽ抜けてミカが下に。ミカはすぐさま立ち上がってみせた。
無尽蔵のエネルギーを誇るホシャはさらに前進を繰り返し、ミカの頭を両手で掴んでは下げさせにかかる。が、スタミナ十分のミカはそれを許さず、積極的にホシャの足に手を伸ばしてゆく。両者気力充実、一つのテイクダウンが勝敗を分けるスリリングな攻防が続いた。
残り2分。首を抱え合った状態から、おもむろに頭を下げて右手を伸ばしたミカは、内側からホシャの左カカトを掴んでピックしてバランスを崩したと思いきや、次の瞬間背中に回ってそのままフックを完成して6-2。凄まじい動きで決定的なポイントを奪うと、すぐさま深く左腕を食い込ませ、残り1分のところでホシャからタップを奪ってみせたのだった。
大歓声が上がるなか、体を起こしたホシャの肩に顔をうずめるミカ。
親子ほども年齢差のある両者は健闘を称え合った。
やがてホシャはミカの父にしてセコンドのメルキ・ガルバォンと抱き合い、ミカはホシャの盟友にして古巣ファイトスポーツの主であるサイボーグことホベルト・アブレウとハグ。さらにミカはガールフレンドであり、今年のパリ五輪女子フリースタイルレスリング68キロ級にて、米代表として金メダルを獲得したアミット・エロアとも抱き合ったのだった。
念願のADCC初制覇にして、2024年度スーパーグランドスラム(IBJJFユーロ、パン、ブラジレイロ、ムンジアル、ADCC全制覇)達成を果たしたミカは「すごく長い旅だったよ。僕の周りにいてくれた人たちなら、ここまで本当に何が起きたかを知っているんだ。ただこの大会に出られたということだけでも僕には大きな意味がある。2022年(のADCCでは、結果が準優勝で終わって)からADCCタイトルを取るためにずっとやってきた。このイベントに感謝したい。そして来てくれたみんなにもね。感謝したいのはまずダッドだ。僕はときには、あなたに相応しいような息子じゃないのは分かっている。でも約束するよ、これからベストを尽くして、あなたが育てようとしていたような息子になるから。(ガールフレンドのアミット・エロアに向けて)ベイブ、本当にありがとう。君はオリンピックで優勝したばかりで、時間をとってここにADCCを見にきてくれた。僕のハートの全ては君のものさ、僕は本当に恵まれているよ」とコメントを残した。
準決勝では思わぬ大苦戦を強いられた──判定に「救われた」とすら見えた──ミカだが、絶妙のタイミングとスピード、卓越した反応から繰り出されるテイクダウン、そして目にも止まらぬスピードと高い精度を兼ね備えたバックグラブは、組技を見る者に至上の喜びを提供してくれる。
選手の活躍する舞台が多様化するとともに、ときに自由な行き来が困難な場面も出てくるのが昨今のグラップリング界だ。それでもファンとしては、今回世界を獲ったミカと、CJIで輝いたルオトロ&タケット兄弟、リーヴァイ・ジョーンズレアリー、そしてタイと初戦で激闘を繰り広げた超エリートレスラーにして、後日グラップリング転向を表明したジェイソン・ノルフらの対戦の実現を心待ちにしたい。
また、強力なレスリングベースを持つ同士の3位決定戦となったPJ・バーチ対エライジャ・ドロシー戦では、ドロシーが自ら座って下からの勝負を挑んだ。一度腕ひしぎ腕固めでバーチの左腕を伸ばしかける等の見せ場を作ったドロシーだが、それを抜いたバーチは準決勝でミカからパスを奪いかけたのと同様の3点倒立の形を作ると、右ヒザをスライドしてパス。
やがて加点時間帯に入ると、ドロシーが立って勝負はスタンドレスリングに。ドロシーがシングルに入るが、それを切ったバーチが逆に深くシュートイン&ドライブする。
ドロシーは倒されながらアームインギロチンに入るが、バーチが首を抜き2点を先制した。
その後ドロシーの下からの仕掛けをしっかりワキを締め、また胸を密着させて防ぐバーチは、ドロシーが最後の望みを賭けて外ヒールを仕掛けてくるも、余裕の表情を見せる。
極めることに気を取られているドロシーの左足をクロスで捉えたバーチは、逆に一瞬で内ヒールで切り返して9分44秒、鮮やかな一本勝ちを収めた。
昨年はJTに殊勲の星を挙げるも4位に終わったバーチ。今年は準決勝でミカに限りなく勝利に近い判定負けを喫したものの、見事な3位入賞。 10thプラネット随一のレスリングベースを持つ男は、歴戦を重ねるなかで極め力と勝負勘、そして世界屈指と言っても過言ではないほどのパス技術を磨き上げ、34歳にして世界最強のグラップラーの一人へと成長した。
【リザルト・77キロ以下級】
優勝 ミカ・ガルバォン(ブラジル)
準優勝 ヴァグネウ・ホシャ(ブラジル)
3位 PJ・バーチ(米国)