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【Special】『MMAで世界を目指す』第6回:鈴木陽一ALIVE代表「MMAファイターの脱水と脳震盪」─02─

【写真】鶴和レフェリー&ドクターに脱水について訊きます(C)SHOJIRO KAMEIKE

世界的なスポーツとなったMMAで勝つために、フィジカル強化は不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike

連載第6回目は、救急科のドクターでありMMAのレフェリーも務めている鶴和幹浩氏にご登場いただく。前編では鶴和氏にドクターとしてのお仕事と、MMAのレフェリーについてご説明いただいた。後編は本題である「MMAファイターの脱水と脳震盪」について考えていこう。減量で水抜きを行う選手が多いMMAだけに、ぜひ知っておいてほしい。

<連載第6回Part.01はコチラから>


極限の状態でも水があれば生命を繋ぐことができる。逆に……

鈴木 選手の体づくりに関する連載の中で、ドクターでレフェリーもやっている鶴和さんに脱水と脳震盪についてお聞きしたいと思っていたんです。特に脱水については、たとえば私がやっていた陸上競技では、試合前に体重の2~3パーセントも脱水していたら出場停止でした。でもMMAの場合は通常体重の7~8パーセントも水抜きをして、24時間後に試合をする。MMAはほとんど室内で行われていますが、たとえば炎天下の中で行うスポーツで、試合前に7~8パーセント脱水していると怖いですよね。

鶴和 怖いですね。まず脱水が身体に良いわけはなく、悪いとしか言いようがないのです。よく知られているのは、人間の身体の約6割……つまり体重の半分以上は水で出来ています。その水分が出たり入ったりしながら、身体を維持しているわけです。救急診療の現場でも、口から水を飲めるかどうかは非常に重要で、病気がなんであれ、口から飲めない患者さんは入院して点滴が必要になります。

たとえば山で遭難した人が2週間後に救出されたというニュースがありました。その人たちは2週間、食事をしていないのに生存していて。なぜかというと沢の水を飲んでいたというんです。水分を摂っていたから生還することができた。極端な話、食事は摂らなくてもある程度大丈夫ですが、水分を飲まないと干からびて危険な状態になります。

鈴木 まずは水分なのですね。

鶴和 極限の状態でも水があれば生命を繋ぐことができるという一例です。逆に脱水は全ての臓器、器官に悪影響を及ぼし、生命に関わることもあります。

鈴木 通常体重の5パーセント前後の脱水をした場合、24時間あれば筋肉や内臓の水分バランスは良くなるけど、脳や脊髄の水分はなかなか戻らないという話を聞いたことがあります。だから10パーセントも脱水した人は、試合で受けるダメージも違ってくると。

鶴和 その可能性はあるかもしれません。やはり試合前の脱水は極力避けたいですが、そうせざるを得ない状況がありそうですよね。よく選手が計量当日の朝から水抜きをして、カラカラになって計量会場に現れるじゃないですか。良くないことだとは分かっていても、戦略上、仕方ないという理由でやっているように感じます。

鈴木 試合当日に体重差があると不利だ、という気持ちはありますよね。選手によっては計量から試合前に10パーセントは体重が戻りますし。

鶴和 それだけ戻ると、当日のパンチに乗る体重が変わってきますし、そのぶん攻撃力も違ってくるでしょうね。

先ほど鈴木さんから体重の2パーセントという数字を伺いましたが、通常体重が60キロだとすると2パーセントは1.2キロです。身体から1.2kgつまり1.2リットルもの水分が失われるというのは結構キツい。でも選手は5~6キロを水抜きで落とすわけですよね。

2リットルのペットボトル×3=6キロ。500ミリリットル1本と比べると、その量がよく分かる

鈴木 6キロというのは、2リットルのペットボトル3本分だと考えてくれれば、よく分かりますよね。それだけの水分はもう脳、脳幹、脊髄の水分もなくなるでしょう。

鶴和 全身のあらゆる臓器から水分を抜いてしまっている可能性はありますね。医師としては「脱水はよくない」としか言いようがないです。ただ、競技の性格上、難しいですよね。

水抜き後にカラカラになった状態での長距離移動は危険

鈴木 本来は、脱水は体に良くない行為です。それを前提として、MMAが階級制であるかぎり減量という行為はなくならない。特に心配なのは、脱水後は血液が濃い状態になっている。その状態で心拍数が上がると血管が詰まり、脳梗塞や心筋梗塞の心配も出てきませんか。

鶴和 救急の現場では「脱水は何でも悪くする」と患者さんに説明しています。病気や診断が何であっても、脱水状態になれば病状は悪化しますよ……と。だから入院して点滴を受けてもらうとか、水分補給については詳しく説明しています。

鈴木 他の病気にも影響を及ぼすのですね。

鶴和 はい。様々な病気やケガ、全身の臓器も脱水によって状態は悪化します。腎臓などは特に脱水の影響をモロに受けやすい臓器ですね。

鈴木 競技トレーナーからすれば、減量のために脱水せざるをえない時があります。だから、できるだけ脱水のパーセンテージを下げて、最低でも脱水中は付いてあげてほしい。ウチは脱水のパーセンテージが高い選手は、計量前日からコーチと一緒に入ります。そのホテル代は自費になっても、選手の安全のためですから。

鶴和 そうですね。計量会場まで長距離移動の場合、水抜き後にカラカラになった状態で新幹線や飛行機に乗るのは危険です。特に飛行機での長時間の移動では、エコノミークラス症候群(肺血栓塞栓症)で血液の塊が肺に詰まったりすることもあります。肺血栓塞栓症は致死的な病気で、脱水では、より起こりやすくなりますね。

鈴木 ウチの場合は全選手、試合が決まると体重の折れ線グラフをつくります。バンタム級=61.2キロの選手だと、計量の前々日=塩分抜き前にリミットまで4キロの状態にしておく。現状が試合の6週間前で71キロであれば、65キロまで落とす。その6キロを6週間で割ると、1週間に1キロになりますよね。その数字を目安にして毎週チェックします。

ジムでの計量風景。どれだけ普段から自分緒体のことを考えられているかが大切だ(C)ALIVE

もし途中で体脂肪を落とせていなかったら、サンドバッグやヒートトレーニングを余分にやらせたりとか。逆に落ちすぎている選手は健康状態をチェックしたりしますね。急に落ちるのは脱水状態だから、睡眠が足りていないかもしれないと。

鶴和 体組成までチェックされているのですか?

鈴木 道場に体組成計があるので、若い選手は最初に体組成をチェックします。見た目と体組成は結構違っていて、体組成計でチェックしますね。ONEが導入しているハイドレーション・テストは、形を変えてジム単位でも導入したほうが良いのかなと思うんですよ。ONEのように計量当日ではなく、計量日までの確認として。

鶴和 パンクラスでも計量3日前の体重を報告してもらっています。参考値としてですが、その時点でリミットから大幅に重い選手が3日間で落とせるのかどうか。果たして3日間で落としていいものなのかどうか、と。

鈴木 医療面から考えると、脱水は良くないという結論は変わらないと思います。でもMMAの前提として減量があり、減量のための水抜きもある。ただ現在、UFCは選手が現地に入ったあと、減量食からリカバリーのドリンクまで順番を決められているそうです。だとすれば、できるだけ健康な状態に戻して試合に臨めるように、次はリカバリーも含めて専門的に考えていきたいですね。

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【Special】『MMAで世界を目指す』第6回:鈴木陽一ALIVE代表「MMAファイターの脱水と脳震盪」─01─

【写真】パンクラス、DEEP、グラジエイターなどでお馴染みの鶴和レフェリー(C)SHOJIRO KAMEIKE

世界的なスポーツとなったMMAで勝つために、フィジカル強化は不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike

連載第6回目は、救急科のドクターでありMMAのレフェリーも務めている鶴和幹浩氏にご登場いただく。鶴和氏に「MMAファイターの脱水と脳震盪」について訊く――はずが、本題の前にレフェリーとドクターの業務について興味深い話が出てきた。MMAファイターの体を守るのもレフェリーとドクターの役目。基礎知識としてMMAにおけるレフェリーとドクターの業務についてご紹介し、前編の内容も踏まえて後編をお読みください。


ルールを理解していないと、ドクターとしても変な判断をしてしまうかも

鈴木 今回は脱水と脳震盪をテーマにお話を聞きたいと思い、現在ドクターであると同時にMMAのレフェリーもされている鶴和幹浩さんにお越しいただきました。鶴和さん、よろしくお願いします。

鶴和 よろしくお願いします。私は救急科専門医です。救急科というのは、救急車で病院に運ばれてくる患者さんを病気や怪我にかかわらず診療する科です。

鈴木 ひとくちにお医者さんといっても、それぞれ専門分野があるじゃないですか。そのなかでも救急処置ができる方がケージサイドにいてくれると、我々の立場としてもすごく安心するんですよ。だからウチが開催しているアマチュアパンクラスでも鶴和さんに来ていただいています。

鶴和 そう言っていただけると本当に嬉しいです。確かに格闘技の現場で起こりうる問題は、ほぼ救急医がカバーできる分野だろうと思います。

鈴木 今年2月のGRACHAN大阪大会で松場貴志が左腕を脱臼した時、応急処置として腕をはめてくれたのが鶴和さんでしたよね。

今年2月のGrachan67にて。(C)SHOJIRO KAMEIKE

鶴和 松場さん、その後は大丈夫ですか?

鈴木 大丈夫です。応急処置していただいたあと、救急車で病院に行って検査もして――その節はありがとうございました。まずは鶴和さんが医師、そしてレフェリーになった時期と経緯を教えてください。

鶴和 医師になったのは1998年で、ずっと救急の現場にいます。格闘技大会への関わりは2012年か2013年だったと思いますが、ZSTやジ・アウトサイダーに大会ドクターとして参加させてもらったのが最初でした。当時はZST代表であった上原譲さんには大変お世話になりました。

鈴木 最初はリングドクターだったのですか。

鶴和 はい。大会中に『これは競技のルールを理解していないと、ドクターとしても変な判断をしてしまうかも……』と思うことがあって。
鈴木 ドクターストップの判断とか。

鶴和 そうです。私は学生時代に日本拳法をやっていたのですが、MMAとは異なります。ルールなど競技のことを知らないのに、メディカルストップのような責任のある権限は負えません。だからルールを勉強したいと思っていた時に、ちょうどパンクラスで審判候補生を募集していまして。医師として参加した大会で梅木さん(JUDGE SQUAD代表 梅木良則氏)を紹介していただき、審判団で勉強させていただくようになって現在まで師事しております。

鈴木 ドクターからレフェリーへ! 本題の前に、すごく興味深くなってきました。

鶴和 審判の仕事は、選手の命や勝敗を預かる立場として不謹慎な言い方に聞こえるかもしれませんが、もの凄く面白くてやりがいのある役割なんです。自分にとっては、医師として大会に関わるよりも、はるかに興味深いことばかりで、格闘技の審判員という仕事にのめり込んでいきました。

鈴木 今、一つのプロ興行で両方やってほしいと言われませんか。アマチュア大会だと、ウチのアマチュアパンクラスでは鶴和さんに両方お願いすることもあるけど……。

鶴和 それは、あります。でも梅木さんから「兼任だと、大会そのもののクオリティが保てないから」と方針についてお話があり、プロの興行では兼任せず、アマチュア大会では臨機応変に……ということになっています。

鈴木 プロの興行で、白衣姿でケージサイドに座っている人が白衣を脱いだらレフェリーのコスチュームになったりすると……(苦笑)。

鶴和 アハハハ、それは変ですね(笑)。あとはもう一つ、そもそもレフェリーとドクターは異なるものです。レフェリーストップとメディカルストップも異なります。そのため、レフェリーをやっている時に医師としての判断はできません。レフェリーがメディカルストップを判断してしまうと、それぞれの立場がおかしくなってしまう。責任の所在がハッキリしなくなります。

審判団の中で必要な救急医療や応急処置の知識と技術をセミナー形式で

鈴木 ちなみに、たとえばパウンドアウトでストップする時はレフェリーの視点だけですか。それともドクターとしての視点も入りますか。

レフェリーストップのタイミングは難しい。格闘技と医学の見識から考える必要は出て来る(C)SHOJIRO KAMEIKE

鶴和 難しい質問ですね(苦笑)。でも、パウンドの時はレフェリーの視点です。ケージの中に入っている時は100パーセント、レフェリーですから。でもインターバルでは、チラッとドクター目線で選手の状態を見たりすることはあるかもしれません。『ダメージや負傷は大丈夫かな?』とか。

鈴木 これは本題と異なるように見えるかもしれないけど、重要な問題だと思います。世界を目指す選手だけでなく、まず人がMMAを続けていくためには健康面や安全面は欠かせません。我々も職業として常設道場を持ち、医療的な観点も持たないといけない。人の体に関わる仕事ですから。それは大会を運営する場合も同じで。

たとえば加藤久輝がベラトールに出場した時は、ドクターによる運動機能のチェックがありました。内容は四肢の機能障害、手足の機能障害、脳のダメージ、あとは視力検査などです。このメディカルチェックにクリアしないと、試合に出場できない。これは米国だとABC(Association of Boxing Commissions)の管轄で、UFCやベラトール、IMMAFも含めて統一の基準があるんですね。しかもメディカルチェックの時に、レフェリーも一緒にいました。

鶴和 なるほど。米国とは少し違うかもしれませんが、私が所属しているパンクラスでも、試合前日の計量には必ず医師が立ち会うことになっています。また、審判団の中で必要な救急医療や応急処置の知識と技術をセミナー形式で情報共有しようと準備中です。

鈴木 それは良いですね! 私はもともと厚生労働省の健康運動指導士という資格を持っていて、厚労省管轄の運動施設に勤務していました。それと企業の健康経営として産業医さんと一緒に仕事をしていたこともあって、格闘技に関わることでも医療面の話が後になってしまうのが不思議だったんです。

鶴和 まだ計画段階ではありますが「Cage Side Emergency」と題しまして、打撃による裂創や失神、絞め技による失神―さらに心停止というケースまで対応できるような内容を考えています。

鈴木 鶴和さんがいるからこそ可能なレフェリー講座ですね。講座の実現と、その効果を楽しみにしています。では、ようやく本題の「脱水と脳震盪」に移りましょう。

<この項、続く>

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