【写真】ONE時代のトマール。こんな人生を背負っていたとは、全く知らなかった(C)MMAPLANET
8日(土・現地時間)、ケンタッキー州ルイビルのKFC Yum!センターで開催されるUFC on ESPN57でプジャ・トマールが、ハヤニ・アマンダとオクタゴン初陣を戦う。
Text by Manabu Takashima
ONE参戦時には結果を残せなかったインド人女子MMAファイターの格闘技歴を振り返ってもらうと、そこには同じ惑星の現代を生きる生物として――余りにも「生きる」ことに対しておかれた環境の違いに驚愕してしまった。
母の母胎にいた時に、父から「女の子なら生まれてこなくて良い」と言われ――その父の死後に「あなたは私の息子」という言葉を母から掛けられ、家族を守るためにファイターになったトマールの壮絶な半生とは……。
農作業がないときは母と姉を守るために、カラテを習い始めた
──約2週間後にUFCデビューを控えています(※取材は5月30日に行われた)。今の気持ちを教えてもらえますか。
「とてもハッピーで、凄くワクワクしているわ」
――正直、我々はインドのMMAについてほとんど知識がありません。個人的には2012年の4月にSuper Fight Leagueの第2回大会を取材したときに、インドの女子選手がMMAを戦うとは全く思えていなかったです。ただプジャなその翌年にMMAを戦い始めていました。なぜ、MMAを始めたのでしょうか。
「本当に長い話になるんだけど、まず私がこの世に生を受けた時点で父は男の子を欲しがっていて。母が妊娠中にも『女だったら生む必要はない』と言っていたそうなの」
――……、shit……インド社会は我々の伺いしれないことがあるのでしょうか……それにしても。
「うちには男の子がいなくて、女の子が2人だったから。そして、私が生まれた時に父は気を失ってしまって。それほどまた女の子が生まれたことがショックだったようで。家は農家だったけど、女の子が生まれても経済的に苦しくなるだけだから。父は私が生まれてから、それまで以上に必死に働くようになったの。そして私が6歳の時に、事故で突然亡くなってしまって……」
――……。……。
「私と母、そして姉2人が残されて……。周囲は母に『あなたは夫もいないし、息子もいないのね』っていつも言っていたわ。その時から母は私に『プジャ、あなたは私の息子だから』って言うようになって。彼女は私を男のように育て、ウォリアーになってほしいと願うようになっていたの」
――……。
「母も姉2人もか弱い女性で、私自身男のように強くなって家族を守らないといけないと強く思うようになってね。畑に出て働き、農作業がないときは母と姉を守るために、カラテを習い始めたの。8歳のときね。もともとブルース・リーの映画が好きでカラテ、テコンドーを習い、10歳になると色々な種類のカンフーを稽古するになったわ。それからキックボクシングのトレーニングも始めて。母と姉を攻撃する人間を倒すために、ね。
同時に散打の試合に出て、インドのナショナル大会で優勝もしたわ」
――最終的にMMAで転じたのは?
「19歳の時に戦って収入を得ることができるMMAをやろうと決めたの。
経済的にも家族を守ることになるから。それまで散打の大会では勝ってももらえるのは金メダルだけで、経済的には何の助けにもならなかったから」
――インド映画の『ダンガルきっと、つよくなる』では女の子がレスリングをすることにも周囲の反対がありました。プジャがMMAを始めた時は、どのような状況だったのでしょうか。
「母だけは喜んでいたわ。さっきも言ったように彼女は私をファイター、ウォリアーにしたがっていたから。父方のファミリーは皆、大反対だったわ。『ケガをして、お嫁に行けなくなったり、子供を産めなくなったらどうするの?』ってね。私の生まれ育った環境は、そういうところだった。女が家の外で活動すること自体が無い状態だったから。
私の生まれ育った地域はお金にならない女の子は求められていなかったし、女は結婚をして子供を産むために存在しているような感じだったから。でも、今ではインドも私の街も変わったわ。私の生まれ故郷にも女子ボクサー、女子レスラーや女子ファイターがいて。女性がスポーツをすることは当然のようになったの」
プジャ・トマールは別人、全く違うファイターに生まれかわった
――それは良かったです。ところでプジャはキャリア3勝1敗の2017年にONEと契約をして、コロナ直前までの3年間でムエタイも含め1勝4敗という戦績でサークルケージを去りました。ONEでの経験は今、どのように生きていますか。
「ONEで過ごせたことは良かったわ。ただ練習環境も整っていない状況でMMAを戦っていたの。実際、散打では活躍していたけど、デビューからMMAの練習をしたこともなくて。散打の技術だけで戦っていたから、今からすればONEで結果を残すことは無理な話だった。レスリングもグラップリングも練習をしたことがなくて、勝てるはずがない。私は生きていくためにお金が欲しくて、ONEと契約したの。
ただONEを離れ、2021年にMatrix Fight Nightで戦うようになり、プジャ・トマールは生まれ変わることができた。そう生まれ変わったのファイターとして。バリのSOMAファイトクラブで練習ができるようになってプジャ・トマールは別人、全く違うファイターに生まれかわった。試合前はバリで十分なトレーニングを積むようになれたから。
普段はインドに戻っているけど、母国での練習環境はまだ十分とはいえないわ。レスリングはしっかりと練習をできるけど、プロでMMAを戦いチャンピオンを目指すとなれば話は別で。BJJを知っている人は打撃を知らなくて。打撃を知っている人はレスリングやBJJの知識は余りない。MMAの練習は十分にできないわ。アマチュアやローカル大会でやっていくことはできるかもしれけど、ビッグプロモーションでやっていくにはまだ不十分というしかないわ。
MMAは凄く技術が進化しているから、インドはまだ厳しいわ」
――なるほど、です。SOMAにはリトゥ・フォーガットを始め複数のインド人MMAファイターが所属しているようですね。
「そうね。以前はバリMMAで練習していたメンバーが、移ってきた感じで。SOMAは練習環境、そしてファイターやコーチの取り組み方が素晴らしくて。SOMAでのキャンプ中はファイターとして、ファイトのことだけに集中できるの」
――そんなSOMAで練習してきたプジャですが、ONE時代と比較してどの点が成長したでしょうか。
「どこもかしこも、ね(笑)。比べようがないわ。ONEではビー・ニューイェンとムエタイで戦ってスプリット判定負けをしたけど、Matrix FNでMMAで試合をしてKO勝ちできた。ロシア人選手にも勝っている。今の私はコンプリートなMMAファイターよ」
――なかでも注目してほしいところは、どこでしょうか。
「打撃――サイドキックを見てほしい。散打スタイルね」
――サイドキックですか。それは興味深いです。では対戦相手ハヤニ・アマンダの印象を教えてください。
「良いファイターね。BJJの黒帯だし、寝技は強そうね。でも、大丈夫。彼女を倒す準備はできているわ」
――今回の試合はケンタッキー州ルイビルで開催されます。アジア以外での試合、特別な準備は必要でしたか。
「時差があり、飛行機で長時間の移動もある。でもファイトウィークの5週間前に現地入りするし、そこは問題視していないわ。私の全て、100パーセントの試合をファンの皆に見てほしい。そしてインディアンMMAにイージーファイターはいないこと、インディアンMMAファイターが如何にスマートなのかをアピールしたい。
私がUFCで活躍することで、インドの女性がMMAを戦う門戸を開放したい。必至で練習すれば、UFCで戦うことができるって皆に示したい。それが私のミッションよ」
――押忍。今日はちょっと衝撃的な話もありましたが、時間を割いてくれてありがとうございました。では最後に日本のMMAファンにメッセージをお願いします。
「私は日本が好きでなの。日本の柔道も大好き。それはONEで日本人選手の姿を見ていたからで。彼らの規律ある言動は素晴らしかった。いつの日か、日本を訪れたいと思っているわ。日本を愛しているから」
■放送予定
6月8日(土・日本時間)
午前6時00分~UFC Fight Pass
午前5 時45分~U-NEXT