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Interview J-CAGE JJ Globo Shooto2020#03 ブログ 世羅智茂 岩本健汰

【Shooto2020#03】岩本健汰と戦う世羅智茂─02─「勝ちに行きますが、岩本君の動きもよく見て欲しい」

【写真】柔術、そしてグラップリングが本当に好きなんだなぁというのが伝わってくる世羅だった (C) MMAPLANET

31日(日)に会場非公開のABEMAテレビマッチとして開催されるProfessional Shooto2020 Vol.3 で、岩本健汰とグラップリングマッチがAOKI PROJECTとして組まれた世羅智茂インタビュー後編。

自らが臨んだ岩本戦が、思わぬ形でプロ修斗の大会で組まれることとなった世羅は、グラップリングマッチが2カ月連続でABEMAの格闘技中継で見られる事態をどのように捉えているのか。そして岩本戦でどのような試合を見せたいのか──そんな問いに対い、世羅の持つ独特の世界感が伝わってくる返答があった。

<世羅智茂インタビューPart.01はコチラから>


──対策練習が好きでないと?

「そればっかりだと飽きてしまって、疲れちゃうんです。それなら純粋にやりたいこと、試したいことを練習したいんです、まだ」

──青木戦と同じルール。前回はMMAファイターと、今回はグラップラーと。組み技のなかで異種格闘技戦になっているような試合です。

「あっ、そこは意識していないです。組み技の異種格闘技戦……岩本君はグラップリングに寄っている柔術家で近いような気がします」

──岩本選手は自らをグラップラーであって、柔術家とは名乗っていない向きがあります。

「そうですか。なるほど……(微笑)」

──今回の試合は何か想うところはありますか。前回の試合は……。

「塩試合やってしまったので、前よりは動こうと思います。さすがに(笑)」

──前の試合は上にいた青木選手も動いていないです。

「まぁ、僕も動いていなかったのでお互い様です。上が動くってモノでもないですし」

──そういう想いもあるので、今回は意識して動くということになりますか。

「でも、勝つためです。良い試合をしても、極めることができなければドローなので。一本を狙っていきたいです」

──世羅選手は柔術の試合でも、下から腰を切って果敢に極めに行ったり、スクランブルでバックに回って思い切り絞めを狙うとか、極めに拘る印象がありました。同時に、そこでスタミナをロスすることも含めて。

「昔はけっこう酷かったです、その傾向が……」

──酷かった?

「あっ……酷かったというより、強かったです。今は自重するようになりました。昔ほどでは、なくりましたね。そこは変えてきています」

──ところで岩本選手は、厳密にいえば世羅選手とは柔術でいえば帯の色が違います。

「ハイ、柔術だと同じトーナメントには出られないですね」

──ただ、彼はもう連盟に認められた帯を巻くつもりもないようです。

「その思いっきりが良いですね。中途半端じゃなくて。僕は柔術も割としたいし、グラップリングもしたいので中途半端ですね」

──いえいえいえ。

「でも石川(祐樹カルペディエム青山代表)さんに『どっちかにせぇ』というか、『グラップリングに専念したら』とはよく言われます」

──グラップリングに専念すると、試合数が極端に限定されてしまうので、躊躇してしまうかと。

「日本だけだと一気に試合は少なくなってしまいますよね。う~ん、米国ではないのでグラップリングに専念しづらいです」

──米国ではノーギ・グラップリングの試合にどんどんMMAファイターも出場してきますしね。

「ハイ、米国はグラップリングが盛んです」

──世羅選手がそういうことに無頓着な性格であることは、徐々に分かってきましたが、2カ月連続でグラップリングの試合がABEMAで流される。コロナの時代のMMA大会にグラップリングが入り込む余地があるのではないかと。

「あぁ、そうなれば嬉しいですね。MMAファイターと柔術家が試合をしたり、そういうのでも続いてほしいですね。なので、このルールで戦ってくれる選手がいてほしいです。普通の柔術ルールだけを考えているグラップラーばかりが相手だと詰まらなくなるので。サブミッションに寄っているグラップラーがいれば、盛り上がりやすいですよね」

──Road to ONEに出場した宮田選手などもADCCに予選から出たいということを言っていましたし、コロナ時代はグラップリングが脚光浴びる機会になるかもしれないです。

「グラップリングをこれだけ見てもらうことって、過去になかったことですしね」

──そこでこのルールに出たいと思う柔術家、MMAファイターが増えると良いですね。では改めて、岩本戦への意気込みをお願いします。

「意気込み……ですか、まず前よりは動くので見てください(笑)」

──アハハハハ。

「僕ももちろん負けるつもりで戦うことはないです。でも、岩本君ももの凄く強い選手で、これからのグラップリング界の中心になる選手です。僕も勝ちにいきますけど、彼の動きも良く見て欲しい……。これじゃ、意気込みにならないですね」

──いえ世羅ワールドが展開されたと思っています。ありがとうございました。

「こちらこそありがとうございます」

■プロ修斗対戦カード

<修斗暫定世界バンタム級王座決定戦/5分5R>
岡田遼(日本)
倉本一真(日本)

<修斗女子スーパーアトム級王座決定T準決勝/5分3R>
黒部三奈(日本)
大島沙緒里(日本)

<修斗女子スーパーアトム級王座決定T準決勝/5分3R>
杉本恵(日本)
中村未来(日本)

<ライト級/5分3R>
SASUKE(日本)
西浦ウィッキー聡生(日本)

<バンタム級/5分3R>
清水清隆(日本)
小堀貴広(日本)

<フェザー級/5分3R>
石井逸人(日本)
齋藤翼(日本)

<ライト級/5分2R>
木下タケアキ(日本)
西川大和(日本)

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Interview JJ Globo ONE Shooto2020#03 ブログ 世羅智茂 岩本健汰

【Shooto2020#03】青木真也に続き、岩本健汰と戦う世羅智茂─01─「ここで戦えることはラッキーです」

【写真】飄々とというよりも、世羅は淡々と語る (C)MMAPLANET

31日(日)に会場非公開のABEMAテレビマッチとして開催されるProfessional Shooto2020 Vol.3 で、世羅智茂✖岩本健汰のグラップリングマッチがAOKI PROJECTとして組まれた。

4月17日に開かれたRoad to ONE02で青木真也とグラップリングマッチを戦いドローだった世羅が、青木のトレーニング・パートナーである岩本と今度は戦うこととなった。

コロナの時代に思わぬ2連戦を戦う世羅に岩本戦について尋ねた。


──前回の青木選手との試合後に、岩本選手と戦ってみたいという発言があった世羅選手ですが、その一戦が修斗の大会で組まれることになりました。

「このタイミングなんだって(笑)。岩本選手とはADCC予選、全日本ノーギ、もしくはQuintetでやることもあるだろうと思っていたのですが、こんなに早く戦うことになったかと。でも、互いに続けていれば当たることになったでしょうし。

それが修斗の大会で実現することは驚く部分ではあるのですが、またこういう機会で試合をさせてもらえることは有難いです」

──大会開催も試合内容も賛否両論だった青木選手との試合が呼び水になりましたね。

「青木さんとの試合があったから、より面白くなるかと思います。岩本君と青木さんは同じチームのようなものなので、次は青木さんの代わりに岩本君が出てくるという流れがあるので」

──青木選手とすれば、身内の岩本選手をアップしたい。そういう試合かと思います。

「う~ん、そこまで考えているのかどうかは分からないですけど、青木さんが岩本君に期待しているということですよね。若いですし、これからのグラップリング界の中心になる選手で。もう既に中心になってしますけど……、その彼により大きな舞台に立ってもらおうという気持ちが青木さんにあるんじゃないでしょうか」

──そうは問屋が卸さないという気持ちは?

「それもありますけど、強い相手なんで十分に負ける可能性もあると思っています。彼は強いです。青木選手がどういう考えなのか本当のところは分からないです。でも、誰が相手でも負けられないという気持ちでいます。だから、青木さんの思惑は関係ないですね」

──世羅選手は4月17日の青木戦に続き、2カ月連続で試合をすることになります。この間に2度、青木真也、そして岩本という相手と試合ができる柔術家は日本にはいないです。

「いないですね。柔術の大会がすぐに開かれるということはないでしょうし……まだ無理ですよね。甲子園が中止になるってことは、色々なことに影響を与えてしまうんじゃないでしょうか」

──甲子園も興行だったというのが分かったような気がします。野球とサッカー、どちらが接触しているのかということを考えると。

「それは、そうですね。甲子園がダメだと、他のスポーツにも影響しますから。なんとか色々なスポーツが無観客でも開催に向かってほしいです」

──それでどこまで採算が取れるのか。もう、判断理由はそこに尽きると思います。

「だからこそ、僕がここで2試合を戦えることはラッキーです。自分のことだけを考えると。でも、他の人が試合どころか練習もできないという状況でもあるので、この状況を諸手を挙げて喜ぶという気持ちにもなれないです」

──現時点で結果的に4月17日は東京都における1日の感染者数がピークにあった日です。あの時と比べて、状況は上向いている中で、今回の試合に臨む。前回と比較てして、気持ちの違いなどはありますか。

「新たな感染者数が明らかに数値で減っていますし、外を出歩いている人の数も明らかに増えている。そのなかで気が緩むことはもうしょうがないと思います。どちらにしても、自分の場合は試合が決まれば練習をするだけなので」

──そのなかで戦う岩本選手は青木選手とは全く違うスタイルのグラップラーかと思います。岩本選手対策はしていますか。

「ハイ、青木さんと岩本君は違いますね。ただ、練習に関しては岩本君を少しは意識していますが、あくまでも自分の技術を練ることが多かったです」

──盟友の岩崎正寛選手が故郷に戻りカルペディエム芦屋をオープンされるそうですが、練習相手の事欠くことはなかったでしょうか。

「岩﨑君はまだ東京にいるので、練習しています。ちょっと新しい動きとか練習で試していますが、対戦相手のことばかり考えて練習するのって、僕は苦手なんです」

<この項、続く>

■ Shoto2020#03対戦カード

<修斗暫定世界バンタム級王座決定戦/5分5R>
岡田遼(日本)
倉本一真(日本)

<修斗女子スーパーアトム級王座決定T準決勝/5分3R>
黒部三奈(日本)
大島沙緒里(日本)

<修斗女子スーパーアトム級王座決定T準決勝/5分3R>
杉本恵(日本)
中村未来(日本)

<ライト級/5分3R>
SASUKE(日本)
西浦ウィッキー聡生(日本)

<バンタム級/5分3R>
清水清隆(日本)
小堀貴広(日本)

<フェザー級/5分3R>
石井逸人(日本)
齋藤翼(日本)

<ライト級/5分2R>
木下タケアキ(日本)
西川大和(日本)

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J-CAGE JJ Globo News Shooto2020#03 ブログ 世羅智茂 岩本健汰 青木真也

【Shooto2020#03】組み技異種格闘技戦=世羅智茂✖岩本健汰のノーギグラップリングマッチが決定!!

【写真】青木✖世羅に続き、今度は世羅✖岩本だ(C)MMAPLANET

25日(月)、サステインより31日(日)に会場非公開でABEMAテレビマッチとして開催されるProfessional Shooto2020 Vol.3 Supported by ONE Championshipで、世羅智茂✖岩本健汰のグラップリングマッチがAOKI PROJECTとしてマッチアップされることが発表された。

AOKI PROJECTとは青木真也が今、見たい──旬のカードやプランニングするというモノで、第1回で予定されていたプロ修斗フライ級戦=清水清隆✖平良達郎の一戦はコロナウィルス感染拡大の影響を受け、大会とともに中止されてしまった。

今回は修斗の大会のなかで、敢えて青木は日本グラップリング界の現状を憂い、また存亡を賭けてグラップリングマッチながら世羅と岩本に白羽の矢が立てた。

世羅は4月17日に開かれたRoad to ONE02で、プロジェクトの中心である青木とグラップリングマッチを戦い10分タイムアップのドローだったことは記憶に新しい。対して岩本は青木のトレーニングパートーナーであり、青木がピュアグラップリングでの知識を深め、技を練るのに欠かせないグラップラーだ。


ノーギワールドやADCC予選に挑むなど世羅は道着を着た柔術ともにノーギにもチャレンジする柔術家で、昨年のADCCアジア・オセアニア予選では岩本が優勝した66キロ級にエントリーしていたが、準々決勝で敗れ両者が組み合うことはなかった。

またMMAPLANETのインタビューで、青木戦を終えた世羅は岩本との対戦を口にしていた。その岩本はもはや柔術家という肩書きは持たず、グラップラーとして生きている。そして柔術でいえば岩本は茶帯を巻いているが、JBJJFが認可する帯制度では未だ紫帯のままだ。つまりは連盟主催の柔術では不可能な両者。思えばグラップラーの評価対象が、柔術の帯という現状も興味深い。

閑話休題。

とはいえ岩本は今やノーギ・グラップリング、特に今大会で採用されるノーポイント&サブミッションオンリー・ルールでは間違いなく日本の第一人者といえる。ADCC2019ではパウロ・ミヤオに初戦で敗れたが、当然のようにパウロとやり合う彼の組み技力が紫帯レベルであるわけがない。今年3月のZSTグラップリング=「GTF.3」でも圧巻の3試合連続一本勝ちで断トツの優勝を飾っている。

世羅も青木を相手にパスを許さず、青木が動けばニーシールド・ハーフからの作りや、リバースデラヒーバから足関節という流れを見せていたものの、それらの動きはIBJJFルール以下のポジションを許さない、またはポジションを取ることがベースとなっている足の取り方だった。

(C)SATOSHI NARITA

対して、岩本にとってのグラップリングは極めに行き着く。ポイントに関してはADCCのトップが上位とされる得点であり、IBJJFベースの世羅とはアイデンティティが違うといって過言でない。

青木✖世羅がMMAファイター✖柔術家のノーギ・グラップリングだったのに対し、今回の試合は柔術家=世羅✖グラップラー=岩本という構図が鳴り立つ。現状、日本ではトーナメント&出場料を支払う組み技トーナメントは成立させることが困難であるからこそ、プロ修斗内で見られる組み技・異文化交流は貴重、パウンド有りとは違う「組み」の魅力と怖さを日本中に届けて欲しい一戦だ。

なお同大会ではメインの修斗暫定世界バンタム級王座決定戦=岡田遼✖倉本真一、3回戦でライト級=SASUKE✖西浦ウィッキー聡、フェザー級で石井逸人✖齋藤翼、修斗女子初代スーパーアトム級王座決定トーナメント準決勝=黒部三奈✖大島沙緒里&杉本恵✖中村未来、そして2回戦のライト級戦=木下タケアキ✖西川大和の5試合に加え、バンタム級で清水清隆✖小堀貴広の3回戦も22日(金)に明らかとなっており、全8試合が組まれることが決まった。

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JJ Globo Preview SUG14 クレイグ・ジョーンズ ブログ ヴァグネウ・ホシャ

【SUG14】クレイグ・ジョーンズがEBIでのリベンジを掛けて、コンバット柔術世界王者ホシャと再戦

【写真】ADCCの階級ではクレイグがホシャより1階級上だ (C)SATOSHI NARITA

31日(日・現地時間)にチェール・ソネンがホストのSubmission Underground14が開催され、UFC Fight Passでライブ中継させる。

リモートカメラ、セコンドなし、レフェリーとファイターのみという状況で行われた4月大会は、改造された穀物サイロというダミー名の下で開かれ、今回も会場はSUGアイランドというUFCのファイトアイランドをもじった名称が使用されている。5分1R+オーバータイム制が用いられたSUGはノーポイント&サブオンリー・グラップリング大会で、前回大会に続きメインにクレイグ・ジョーンズが出場し、2017年に敗れたヴァグネウ・ホシャと戦う。


昨年来グラップリングで17勝3敗1分という驚異的な勝率を誇るジョーンズは、SUGでもジルベウト・ドリーニョ、ケビン・ケイシー、そして前回のヴィニー・マガリャエスは結果的にヴァーバル・タップだったものの、RNグリップの内ヒールでヒザを破壊しており、事実上3試合連続で足関節により勝利している。

そんなジョーンズは2017年にEBI11のウェルター級16人トーナメントに出場。ここでブラジルはリオデジャネイロ州生まれ、5歳の時に両親とフロリダに移り住み18歳からパブロ・ポポビッチの下で柔術&MMAを始めたホシャに、準決勝=OTで敗れている。

ホシャはMMAでもUFCまで到達しており、2009年から実働8年で14勝4敗8つの一本勝ちという戦績を収めている。2017年3月以降はグラップリングに軸を置いて活動し、ライト級だったMMA時代と違い主に77キロでキャリアを積んできた。

上に挙げたようにジョーンズに勝利したEBI11では決勝でゴードン・ライアンに敗れ準優勝、EBI13=ライト級TでPJ・バーチ&ネイサン・オーチャードという10thPlanet組を破るも、決勝でゲイリー・トノンの足関節に下っている。

他方、コンバット柔術では決勝でオーチャードと再戦し、マウントからの掌底の連打でライト級王者に輝くと、2018年のPolaris08でベンソン・ヘンダーソンをRNCで下している。さらにはADCC2019でも77キロ級で準優勝、今年に入るとSub Starで──先日UFCでマイケル・ジョンソンにストレートフットロックを極めたチアゴ・モイゼスからポイント勝利を手にするなど、グラップラー・ホシャはMMA時代よりも多くの栄光を手にしてきた。

ジョーンズとしてはホシャに対し、リベンジを狙い一本必至というスタイルを貫くことが予想される。その一方で、ホシャはEBIで挙げた6勝のうちOTでの勝ちが4つと延長のシートベルト・ポジション&スパイダーウェブの好守に強い。SUGは本戦が5分間ということを考えると、ホシャはOTでの勝利を狙ってくることも大いに考えられる。

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IFL17 Interview JJ Globo other MMA ブログ ヘンゾ・グレイシー

【The Fight Must Go On】Media Passから周辺取材─03─2007年9月29日、IFL17&ヘンゾの柔術人生

【写真】リコ・ロドリゲス、アンドレ・グスマォン、ファビオ・レオポルト、ジャマル・パターソンらがヘンゾ率いるNYピットブルズのメンバーとしてIFL世界王者となり、チャンピオンリングを手にした(C)MMAPLANET

国内外のMMA大会の中止及び延期、さらには格闘技ジムの休館など、停滞ムードの真っただ中です。個人的にも大会の延期と中止のニュースばかりを書かざるをえない時期だからこそ、目まぐるしい日々の出来事、情報が氾濫する通常のMMA界では発することができなかったMMAに纏わる色々なコトを発信していければと思います。こんな時だからこそ The Fight Must Go On──第35弾はMedia Passから──ポストファイト・インタビューではなく……周辺取材インタビュー、その03として2007年9月20日に開催されたIFL17=International Fight League 2007 Team Championship取材後に行ったヘンゾ・グレイシーの柔術レジェンズから、再録して紹介したい。

IFLはリング使用、都市型チーム対抗戦を用いた特殊なMMA大会でヘンゾはNYピットブルズの監督として、この日パット・ミレティッチ率いるクワッドシティ・シルバーバックスを下し2007年チームチャンピオンを獲得。記者会見後にIFLではなく彼の柔術家人生を振り返ってもらった。

グレイシーで最もフレンドリー、グレイシーでも最もクレイジー。12年8カ月前に愛すべきヘンゾが語った柔術人生とは。


――今も現役ファイターのヘンゾですが、今回のインタビューでは米国に移る前、ブラジル時代のことを中心に話をお伺いしたいと思います。柔術を始めたのは何歳のころなのでしょうか。

「5歳のときにホーウスの下で始めた。それ以前もリオブランカのアカデミーで遊んでいたけど、本格的に始めたのはコパカバーナのホーウスのアカデミーだよ。もともと家で父(ホビソン)と遊ぶときは、柔術やバーリトゥードの真似事ばかりだったし、柔術を始めることはごく自然の成り行きだった。アカデミーに足を運ぶこと自体が生活の一部だったし、それはプロフェッショナルになってからも変わりないよ」

――柔術を始めた当時は、誰が練習相手だったのですか。

「リオブランカのアカデミーでは、ホイラーとトレーニングしたこともあったけど、だいたいはホーウスの教え子たちだった。ホジャーの父であるマウリシオ・ゴメス、ジャカレ・カバウカンチ、私の姉と結婚したマーシオ・ストランボウスキー、マリブ、ヘナン・ピタンギ、凄い面々が揃っていた。私はアカデミーで、最年少だったんだ」

――本格的に始めてから、エリオ達と練習をしたことはありますか。

「ホーウスが亡くなる前は、ヒクソンのクラスには何度も出た。彼の死後は、ずっとカリーニョスと練習し、グレイシーバッハを創り上げるのを助けたんだ。やはり私はカーロス・グレイシーの血筋に当たる人間だからね」

――そのグレイシーバッハはバーリトゥードを嫌っていたにもかかわらず、ヘンゾは一族のなかで最も喧嘩早い人間だったと聞きます。

「イエス。喧嘩ばかりしていたよ。大好きだったんだ。当時からバーリトゥード・ファイターになりたいと宣言していたしね。柔術は柔術、スポーツとしての柔術も大好きで、色々な大会で優勝したよ。練習も一生懸命やっていた。その一方でいつもバーリトゥードのチャンピオンになりたいと思っていたんだ。当時から私にとっては、道衣を着た試合の次のステップがVTだった」

――そんなヘンゾの考えに対して、カリーニョスはどのような反応を示していたのですか。

「カリーニョスはVTが嫌いだった(笑)。ずっと嫌いなままだったよ。彼はスポーツライクな柔術が好きでしょうがない。でも、私がVT好きだったから、グレイシーバッハはここまで強くなれたんだ。バッハのトレーニングはギだけだったけど、私がノーギの練習をするようになった。当然、カリーニョスは良い顔をしなかったよ(笑)。でも、私はもっぱらノーギのトレーニングばかりしていた。限られたシチュエーションだけで戦っていては、本当の意味でグッドファイターとはいえないからね」

――それは、打撃も含めたトレーニングだったのでしょうか。

「もちろん。全てを想定したトレーニングだよ。ストリートでの喧嘩も多く経験した。16歳のときに足をピストルで撃ちぬかれた。他にも発砲されたことはままあったけど、あの一発のせいで、1年間も柔術のトレーニングができなくなったんだ」

――それだけで済んで、幸運だったという見方もできるのですが……。とにかく、すさまじい話ですね。

「マフィアとディスコで喧嘩になって、片目を潰したこともあったよ。そのマフィアの父親が凄い大物で、リオデジャネイロにはいられなくなったから、サンフランシスコに逃げて半年間、シーザーと暮らしていたんだ。ハハハハ。楽しい時間を過ごしたよ」

――失礼を承知で尋ねてさせていただきます。ヘンゾ選手は柔術を練習することで、我慢を覚えるということはなかったのですか。

「ハハハハ、そういう経験をして、私は我慢というものを学んだんだ。今、私は誰に対しても凄くフレンドリーな人間だと思うよ。ムサシ・ミヤモトと同じだよ。若い頃の彼はクレイジーだったけど、年月を経てジェントルマンになった。私はワイルドな面を持ち、性格がワルで染まっていたことがある。だからこそ、今のヘンゾ・グレイシーがあると思っている。とてもハッピーな年のとり方をしているんだ」

――ヘンゾはグレイシー一族のなかで、もっとも親近感を持てる人物で、偉ぶることもなく、物事を難しく語ることもない。が、その一方であなただけは怒らせてはいけない、まだワイルドな面が残っているからと聞かされたことがあります。

「ハハハハ。乱暴な性格をまだ内面に残しているからね。ただ一度、ワルに身を染めれば、そういうフィーリングの正体を知ることができる。そして、ワイルドな一面を内面に封じ込め、礼儀正しく生きることが可能になるんだ」

――柔術の大会に出るときも、やはりそういう一面を内包したまま、冷静に戦っていたのですか。

「私はとてもアグレッシブな柔術家だった。同時にスポーツというものを理解していたから、クリーンに戦っていたよ」

――当時は、ムンジアルやブラジレイロはなく、コパ・カンパニーやコパ・アトラティコ・スゥなどカップ戦が主流だったようですね。

「私は紫帯時代、ペナ級で12の大会で優勝している。当時、最大規模だったアトラティコ・スゥでは毎大会で優勝した。アトラティコ・スゥで無敗の柔術家は、私一人だ」

――ペナ級なら、ホイラーと同じ階級ですね。

1983年のコパ・アトランティコス黒帯ペナ級で優勝したときのヘンゾ。左は実弟ハウフ。中央が叔父のカリーニョス

「ホイラーは黒帯、私は紫帯だった。その後、茶帯になり、23歳のときに黒帯になったんだ。17年前の話だよ。黒帯になってからアトラティコ・スゥでは、ペナ級と無差別級で優勝しているよ」

――ペナ級の体で、無差別級で優勝したのですか!

「アブソルート級での戦いはチャレンジ以外のなにものでもなかった。けれども、その挑戦することが何よりも好きだったからね」

――そのチャレンジ魂が豊富で、アグレッシブな柔術家だったヘンゾ選手が、実はスパイダーガードを考案したというのは本当の話ですか。

「そうだよ。スパイダーガードの下地を作った。私はアカデミーで一番力がなかったから、スパイダーガードを考えついたんだ。カリーニョス、クローリン、ヒリオン、マチャド兄弟がアカデミーにいて、彼らは体が大きく、力も強かった。そんな彼らでも、パスできないガードが必要だったんだ。いくら強い彼らだってパスをしない限り、私を極めることはできないからね」

――こうやってご本人から話を伺っていても、なおアグレッシブな攻めが代名詞のヘンゾが、スパイダーガードの発案者だとはイメージできないです。

「スパイダーはベスト・ディフェンスだよ。いくら私がアグレッシブでも、まず自分の身を守る必要があるからね。パスをされないなら、フィニッシュもされない。ただし、今の柔術界でスパイダーガードを使う連中は、アグレッシブではない。ただのホールディングになってしまった。私はスパイダーガードからスイープをして、フィニッシュに結び付けていた。それが本当のスパイダーガードなんだ」

――その本物のスパイダーガードをグレイシーバッハで、指導していたのですか。

「もちろんだ。ただ、マーシオ・フェイトーザはそこから動かなかった。何度、注意してもホールドしたままだった。だから、いつだって『マーシオ、ポ~ハァ』と叫んでいたんだよ(笑)」

――アハハハ。ところでヘンゾが柔術で活躍していた時代、誰か目標にした柔術家はいましたか。

「ホーウスだね。人格者だったし、柔術でも彼の動きを眺めることが大好きだった。ホーウスのように戦う、彼のような人間になりたいと思ってきた」

――バッハの軽・中量級といえば、もう一人、ジャンジャック・マチャドという強豪もいました。彼とはどのような関係だったのですか。

「ジャンジャックは柔術家としてだけでなく、指導者としても非常に優秀だった。バッハ時代はいつも一緒に練習し、一緒に住んでいた。兄弟のようなものだ。ストリートで喧嘩をするとき、後ろから襲われないようにジャンジャックが背後を守ってくれていたんだ(笑)」

――ダハハハ。良い話です。ではグレイシー・ウマイタやカーウソンとは、どのような関係だったのでしょうか。

「ウマイタとはすごく良い関係だったよ。カーウソンのところでは一度も練習したことがない。カーウソンは、とても面白くて人間的には大好きだった。ただ、柔術のトーナメントではカーウソンは、最大のライバルだったんだ。彼の生徒には強い柔術家が多かったし、彼らは戦うべき相手として、我々バッハの前に立ちはだかっていた。

カーウソンの教え子たちが、私を強くしたといってもいいだろう。セルジーニョという、とても強い柔術家に一度、敗れたこともある。その後、1分ほどでチョークを極めたら、彼は引退してしまったんだ。クレイジオ・シャービス、ヴァリッジ・イズマイウ、いろんなライバルがカーウソンの教え子にはいたよ」

――イズマイウと仲が悪いのは、有名な話ですね。

「そうだね。奴とは1時間も戦ったことがある。プロフェッショナルの柔術マッチだった。私はその試合で敗れたが、失うものはなかった。勝ち負けでなく、戦うことに重きを置いていたからね。ファイターと名乗る限り、戦うことが重要だ。ヴァリッジと私はどちらが優れたファイターか問いたい。私は彼より優れたファイターだと自認している。奴は今、何をしている? 戦うことを止めてしまっただろ。私は今も戦い続けている。つまり、私は奴に勝ったんだ(笑)」

――そのイズマイウが、柔術とルタリーブリの世紀の一戦といわれたバーリトゥードに出場したとき、あなたは柔術チームの練習で、決して好きではなかった彼をサポートしていたとそうですね。

「好きでないのではなく、奴のことが嫌いなんだ。それでも一緒にトレーニングをしたのは、何よりも柔術のことが大切だからだよ。お金よりも、グレイシーという名前よりも、柔術が大切なんだ。柔術は絶対にルタリーブリに勝たなくてはならなかった。もちろん、私自身が戦いたかったよ、でも代表に選ばれずにヴァリッジが柔術の代表になった。なら、私は奴に協力するよ。アイツはスピードが必要だったからね。ただし、ヴァリッジはよく戦ったよ。ムリロ・ブスタマンチ、ファビオ・グージェウも勝利し、最大のライバルとの戦いから柔術が生き残ることができたあの日は、今でも私の人生のなかで最高の1日だよ」

――グレイシーの名前より柔術が大切というのが、ヘンゾらしいです。ただ、バーリトゥード・ファイターの側面が強く、それほど柔術に対して情熱を持っていることは伝わっていなかったような気がします。

「私のように柔術に対して、思い入れを持っている者は少ない。自分のことだけを考えている肝っ玉の小さい連中が多いんだ。真のチャンピオンとは自分のこと、そして他の人々のことを常に想う気持ちでいることだと私は思っている」

――ところでルタリーブリと関係が悪かったころ、ルタのファイターとプライベートでVTをしたことはありますか。

「イエ~ス。私は当時のルタリーブリを代表するマルセロ・メンジスと戦いたいとずっと思っていたんだ。だから、2回ほどVTで戦おうと伝えたけど、2度とも現れなかった。だから、ビーチで奴を見つけたときに殴りかかったんだ」

――それは……、VTというよりも暴行じゃないですか……。

「そんな状態なのに、奴は向かってこなかったんだ。まぁ、そういう時代だったんだよ(笑)。私はクレイジーだった。クレイジーさでは、誰も私に適わなかったよ。ハイアン? 奴もハウフも私の足元にも及ばないよ(笑)」

――日本でヘンゾ選手のそのような一面が垣間見られたのは、RINGSにセコンドで来日し、アジウソン・リマとイリューヒン・ミーシャの試合で、猛抗議をしたときだけですね。PRIDEに来日するようになってからは、とてもフレンドリーな印象しかありません。あの抗議をしているときは、ヘンゾがホリオン・グレイシーに見えるほどグレイシーらしかったです(笑)。

「サンキュー。ハハハハ。RINGSの連中は、言っていることに一貫性がなかった。だから、抗議したんだ」

――個人的にはただの良い奴よりも、あの姿があったほうがずっと信用がおけますし、愛すべき人間だと……。

「いくらナイスガイでも、スイッチが入ればクレイジーになる。いつでもね(笑)」

――今やそのクレイジーさなど微塵もなく、ニューヨークで成功を納め、ニュージャージー州のアスレチック・コミッションの信望も厚いヘンゾですが、なぜ、米国へ移住を決意したのですか。

「米国にこそ、このスポーツの未来があると思ったからだよ。確かにリオデジャネイロでは全てが揃っていた。でも、ブラジルは世界と距離がありすぎる。米国にいれば、ヨーロッパとも日本とも関係を築けるし、ビジネス的も将来性があると思った。実際、私のアカデミーには900人もの生徒がいるんだ」

――多くのグレイシーは西海岸に進出していましたが、なぜNYを選択したのですか。

「NYは世界の中心、NYがなければ何も始まらない。ただ11年前は誰も柔術のことなんて知らなかった。だからこそ、そんなNYで成功でき、柔術が普及したことが嬉しいんだ」

――ここまで来るのに相当、難題もあったのではないですか。

「問題なんてなかったよ。何かあっても、私は問題だとは思わない。眠りにつくときだって神に、明日、問題を起こしてくださいって願うほどさ(笑)。何かあったとしても、私はそれに立ち向かい、乗り越えることができる。そうやって生きていくことが楽しいんだ。もっともっと色んなことが起こって欲しいと思っているよ」

――ホリオン・グレイシー、ヒクソン・グレイシー、ホイス・グレイシー、彼らとヘンゾ・グレイシーの違いは、肉親以外でも強豪と呼ばれる教え子たちを育てたという点にあると思います。ヒカルド・アルメイダを初めとして米国でもマット・セラ、ジャメル・パターソンなど、MMAやグラップリングで活躍をしている教え子がたくさんいます。

「さっきも言ったように、肝っ玉の小さな人間、小さなソウルしか持っていない者が多いんだ。グレイシーファミリーであるのに、自分の持ち得るものを、他の人々と分け合わない。だから、チャンピオンを育てることができないし、良い人間を育てることもできない。私は良い選手、良い指導者を育てることができた。その根底には、彼らにもっと良い人間になって欲しいという想いがあったからなんだ」

――米国でもグレイシーファミリーは有名ですが、ヘンゾ選手とシーザー・グレイシー以外に、世界で通用する優秀な教え子と良好な関係を結ぶことができている指導者も見当たりません。

「柔術を自分たちのモノにしているからだよ。私は血のつながりなんかよりも、ただ強い選手を育てたいだけだ。大切なことはチャンピオンにするために、全てを伝授するということ。マットもジャメルも白帯の時から私の下でやってきた。誰だろうが、オープンマインドで接し、結果的に誰の手によって柔術が普及しようが私は構わない。柔術が広まれば、それでいいんだ」

――それはカーロス・グレイシーの教えなのでしょうか。

「これは……、私の考えといっても良いと思う。私は自分の屋根があれば満足できるけど、多くのグレイシーが同じトレーニングをし、同じ教えを受けたにも関わらず、先を見すぎてしまった。柔術を柔術として伝え続ければ、我々に教えを受けた個々の力が一つになり、柔術は普及していくのに。そんなことも、理解できていない者が多い。

私は自分の教え子には、分け隔てなく全てを伝えている。同時に人間的な成長も促している。人間的に成長すれば、チャンピオンへの道も開けてくるからね」

――柔術、グラップリング、MMA、全てにおいてで──ですか。

「全てで言えることだよ」

――ヘンゾにとっての柔術とは一体、何なのでしょうか。

「柔術とは、全てだよ。柔術を取りあげられると、私の体の中には何も残らない。柔術は全てを包含している。素晴らしいスポーツであり、素晴らしい生き方、そして身を守る術として最高の戦いだ。これらの3つ要素の全てが、柔術のあるべき姿で、もしどれか1つでしかないようなら、私はここまで柔術の普及に心血を注ぐことはなかったよ」

――それはグレイシー柔術という名のつく柔術のことなのですか。それとも、ブラジリアン柔術全般にいえることなのでしょうか。

「ブラジリアン柔術かグレイシー柔術、そんな風になったのは、ホリオンのせいだよ。ホリオンは、最初に米国に来て柔術を指導するようになり、他の人間が柔術の指導をできないように画策したんだ。グレイシー一族でありながら、彼以外のグレイシーは、自らのアカデミーにグレイシーと名乗れなくなった。

だから、私はブラジリアン柔術と名を変えたんだ。私は今もグレイシーという名前に誇りを持っている。だからこそ、ホリオンが米国に持ち込んだ柔術、その有り様が好きになれない。そればかりか、悲しむべきことだと思っている。しっかりと指導しないし、我侭にも程がある。ホリオンは私を訴えようとしたんだ。私は柔術を教えるため、自分の身を守るために、グレイシー柔術という名を捨て、ブラジリアン柔術という名前が通称になるよう努力した。

だからテクニック・ビデオでもブラジリアン柔術と名乗ったし、教本にもブラジリアン柔術という名称を使用したんだ。いまや、人々はみなブラジリアン柔術とよび、グレイシーでさえブラジリアン柔術と言うようになった。グレイシー柔術はブラジリアン柔術だってね」

――柔術が全てだというヘンゾですが、グレイシーという名前は何を意味するのですか。

「私の祖父カーロスから受け継いだ最大のギフトだ。グレイシーという姓は、私に誇りを与えてくれた。柔術を思い起こさせてくれる名で、私を強くしてくれたんだ」

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JJ Globo Report SUG13 クレイグ・ジョーンズ ブログ ヴィニー・マガリャエス 未分類

【SUG13】クレイグ・ジョーンズが、我慢しまくりヴィニー・マガリャエスのヒザを内ヒールで破壊

<5分1R>
クレイグ・ジョーンズ(豪州)
Def.4分21秒 by Verbal Submission
ヴィニー・マガリャエス(ブラジル)

座ったジョーンズがハーフガードの態勢に。カカトを取りながら横回転し、マガリャエスの左足を左ワキまで引き寄せることに成功する。サドルからインサイドヒールに取ったジョーンズが腹ばいから上を向く。これで極まっていておかしくない状態で、タップをしないマガリャエスは逆に左足を内ヒールに取る。

ジョーンズは体を反転させて足を抜きエスケープ、両者がスタンドへ。再び座ったジョーンズがハーフ。上側の足を取ったマガリャエスだが、ニーシールド・ハーフから潜って、逆の足を取りにいく。背中を伸ばし、尻を下げたマガリャエスが何やら言葉を発しレフェリーにアピール。ジョーンズも言葉を返しつつ、腹ばいになり右足を取る。もう一度上を向いたときに、マガリャエスの左足を抱えてRNグリップでインサイドヒールに入る。

これも極まっていて不思議でないが、マガリャエスのヒザは柔軟なのか壊れているのか、タップしない。ジョーンズは技を解き、「ポップしているだろう」と話しかける。マガリャエスはできると続行の意思を伝え、タッチで再開される。

ジョーンズは首を取り、動きが止まったマガリャエスからギロチンの態勢に。頭を抜いたマガリャエスだが、ここで左ヒザを抱えて口頭でタップの意思表示。やはり内ヒールでマガリャエスはヒザを壊していたようだ。


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JJ Globo Report SUG13 オースチン・ヴェンダーフォード ブログ リッチー・マルチネス

【SUG13】ブギーマン=リッチー・マルチネスは、ペイジ旦那=ヴェンダーフォードに延長一本負け

<5分1R>
オースチン・ヴェンダーフォード(米国)
Def.Overtime
リッチー・マルチネス(米国)

コンテンダーシリーズで勝利もUFCと契約できず、Bellatorで3連勝中のヴェンダーフォード。ペイジ・ヴァンザント夫人の姿は当然のようにコーナーにない。試合開始直後に引き込んだマルチネスはラバーガードから腕十字へ。2度前転をして腕を抜いたヴェンダーフォードが立ち上がる。

シッティングのマルチネスに対し、ヴェンダーフォードが側転パスガードを仕掛けるが決まらない。飛び込んだヴェンダーフォード、かわしたマルチネスの顔面に手が当たり両者が仕切り直す。立ちから一気にパスをヴェンダーフォードが狙うが、マルチネスは足を効かせ許さない。

グラップリングとしては、ヴェンダーフォードが寝技にいかず噛み合わない展開が続く。それでもヴェンダーフォードが足を掴み、マルチネスが首や肩を抑えにいくと立ち上がる。一瞬のオモプラッタ狙いも、思い切り頭を突っ込んで腕を抜いたヴェンダーフォードは、組ませない寝技を続けタイムアップに。

試合はEBI流のオーバータイムへ。マルチネスはスパイダーウェブを選択。5秒で腕を抜いたヴェンダーフォードはシートベルトポジションを選び、35秒間でマルチネスがエスケープに成功した。

続いてマルチネスもバックを選択するが、ヴェンダーフォードは僅か7秒で逃げる。ヴェンダーフォードは2度目のバックをチョイスし、胸を合わせにきたところで肩固めに移行してタップを奪う。ブギーマンが、まさかの延長一本負けを喫した。


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JJ Globo Report SUG13 ガブリエル・チェッコ ジェイク・エレンバーガー ブログ

【SUG13】アンダーグラウンド・サブミッションが無観客大会。チェッコがエレンバーガーを逆三角で破る

26日(日・現地時間)、Submission Underground 13がオレゴン州ポートランドにある──改装された──穀物サイロとされる場所で開催された。プレリミ7試合、メインカード3試合はファイターとレフェリー、そしてセコンドはおらずドクターと4人だけのフロアで、カメラも固定とオートで撮影という状況で行われた。

<5分1R>
ガブリエル・チェッコ(ブラジル)
Def.1分52秒by リバーストライアングル
ジェイク・エレンバーガー(米国)

MMAを引退して1年10カ月、エレンバーガーが現役時代だと1階級上のミドル級のチェッコと対戦。引き込んでから、後方回転気味に足を取りに行ったチェッコはトップを選択する。エレンバーガーが体を起こしてシングルへ。前転するように引き込んだチェッコはリバースハーフから足を抜かれそうになるが、背中をつけてラバーガードへ。足を組み変え、ミッションコントロールから右腕を伸ばしに掛かる。

クローズドに戻したチェッコは三角絞めへ。エレンバーガーの右腕は抜けており逆組みだけ極まらないように思われた。が、左腕の上から足を組まれたエレンバーガーは時計回りに移動しようとし、自らの肩で喉を圧迫されタップを強いられた。


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Interview J-CAGE JJ Globo ONE Road to ONE02 ブログ 嶋田裕太 田中路教

【Road to ONE02】宮田和幸とグラップリング戦を終え、田中路教─01─「嶋田君に改善点を尋ねました」

Michinori Tanaka【写真】最初で最後のグラップリングという発言の意図も、続編で語られた (C)MMAPLANET

17日(日)に開催されたRoad to ONE02に、田中路教が宮田和幸とグラップリングマッチを戦い10分間時間切れとなった。

試合前には五輪レスラーを相手にテイクダウンを奪い、一本勝ち宣言もあったが、どちらも公約を守ることはできなかった。LFAとの契約も終えビザを取得すると、日本を離れる予定だった田中だが、コロナ禍によって今はまた足踏み状態だ。そんななかで戦った宮田との組み技マッチで田中は何を感じ、何を学んだのかを尋ねた。


──Road to ONE02で宮田和幸選手とグラップリングマッチを戦って6日が過ぎました。試合後はどのように過ごしていたのですか。

「外に出ないようにしていました。軽く肉離れをしてしまったのですが、それでもランニングなどはできるので外に出たそれぐらいですね。あと一度、両親のところを訪ねたくらいで」

──アレっ、田中選手は米国から戻ってきてからは、ご両親と同居していたのでは?

「実はコロナの感染が広まってから、実家を出て知り合いの家に身を寄せています。うちは医療関係じゃないですか?  僕は自分の判断で練習をして、試合にも出たけど、それで親が僕から感染するようなことが起こると、どれだけ社会に迷惑をかけることになるのかと考えて、3月の途中から家を出ていたんです」

──なるほど、そこは田中選手としても気になっていたのですね。

「それでも格闘技をやっている人間は、自分は元気だから一般の人よりも大丈夫と思いがちなところもあるかと思います。それにあの大会に参加して、主催してくれた人たちの努力を無駄にしちゃいけないと強く思いましたね。試合を見ていた知り合いからも慎重に行動をした方が良いという進言もあり、大会後は大人しくしていました」

──大会前、青木選手が彼自身がメインで戦うことに若い選手は危機感を持て──というようなコトを発した時に田中選手は「試合前だから偉そうにいえないけど、終った時に僕の方が印象に残る勝ち方をする」と言っていました。

「ソレ言っちゃうんですか?(苦笑)。でも見事に返り討ちにあいましたね」

──青木選手は自ら塩試合だと振り返ってもいます。

「まぁ動きは僕の試合の方が多かったですけど、勝っていないので、まるでダメです」

──まるでダメだと思った試合、大人しくしていた期間に振り返ることは?

「まぁ、振り返るというか……今、NYから嶋田(裕太※昨年までプライベートでグラップリングの指導を受けていた)君がコロナの影響で帰国しているので、映像を見てもらって何がいけなかったかを尋ねました」

──へぇ、嶋田選手はどのようなことを指摘してくれましたか。

「凄く丁寧に返答をくれたので、僕にはまだ説明ができなし、嶋田君が送って来てくれたテキストを見せますよ」

──構わないのですか?

「構いません。その方が僕も頭に残りますし……。今、送りますね」

【嶋田裕太の田中路教へのアドバイス】

「試合も見て何よりも感じたのは、焦りすぎているということです。10分かけて、宮田選手を疲れさせようという意図も理解できましたが、初めてのグラップリングマッチで、ペース配分の感覚が掴めていなかったというのはあるかもしれません。でも焦ることによって以下のような事態を招いていました。

01 :パスガードを狙っているのですが、動きが中途半端になっていて崩し切れていないため失敗してしまう。
Tanaka vs Miyata 02
オープンガードに対して足を横に捌いたり、担ぎパスを仕掛けるのは良いのですが、一か八か一気にパスを狙うのではなく、仕掛けから50パーセント、60パーセント、70パーセントというように少しずつポジションを進めてみてはどうでしょうか。

それには形に応じて技のバリエーションを増やす必要がありますし、落ち着いて何ができるのか考えられるようにならないといけないです。

02:宮田選手のハーフガードやバタフライガードに対して、足を制する前に上半身にアプローチしてしまい、結果オモプラッタ、すみ返しスイープ、糸通しなど反対に上半身をコントロールされてしまう
Tanaka vs Miyata 01

ハーフガードに近い態勢からオモプラッタを食らうことが多かったですが、1度掛けられた技は同じ試合で2度と食らってはいけません。試合で出す技というのは相手の得意技である可能性が非常に高いです。1度目で逃げることができたら必ず頭に入れておいて、再び形にならないように動きを修正します。

03:クローズドガードを立ち上がって割るときのバランスが崩れる
Tanaka vs Miyata 03
クローズドガードに対して、立ち上がることは腕で足を抱えられたりするリスクとセットなので、あそこで慌てず、もっと時間をかけて腕を足から遠ざけてからエスケープを狙っても良かったと思います。

クローズドガードを立ち上がって割る際は、しっかりと腹を突き出して胸を張ること。前のめりでは相手の足を強く押したりできません。また腰を反るくらい身体を起こすことで、クローズドガードを組んでいる相手の足自体にプレッシャーをかけることに繋がります。

その一方で、ハーフガードで足を越えてからの動きは良かったです! アンダーフックと首への攻撃を同時にすることで結果的にハーフガードからエスケープできていました。腹固めのセットアップは理想的だったと思います。

足で腕を踏んでコントロールしようとしている場面も見受けられて、以前紹介した動きをやってもらえて嬉しかったです」

──最後には帳尻合わせのように褒めてくれていますが、なかなか手厳しいですね。

Tanaka vs Miyata 04でもその後にABEMAの画面を貼ってくれて(※ここでは同じシーンの写真を使用)、また解説してくれたんです。それがこのやりとりですね」

『このシーンでは下半身を制す前に上半身にアプローチしてしまいカウンターを食らってしまいました』

<この項、続く>

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Interview J-CAGE JJ Globo ONE Road to ONE02 ブログ 世羅智茂 青木真也

【Road to ONE02】青木と戦った世羅智茂─02─次があれば誰と戦いたい?「岩本(健汰)君とか……」

Road to ONE【写真】青木のマイクを眺め、青木に次いでケージを後にする世羅。この時の心境は…… (C)MMAPLANET

7日(金)に行われたRoad to ONE02でメインで青木真也とグラップリングマッチで戦い、10分時間切れとなった世羅智茂インタビュー後編。

世羅は柔術家として、グラップリングマッチに挑み、自分のやるべきことを試みた。そして、勝つつもりで戦った。噛み合わないのも格闘技。「貴重な体験をした」という世羅に、これから先に確かなモノがないなかで、今回のようなイベントがあることを前提で、参加の意思と戦いたい相手がいるのかを尋ねた。

<世羅智茂インタビューPart.01はコチラから>


──もう少し、青木真也の力を試合で感じたかったですか。

「技量を感じたいとか、そういうコトはあまりなかったです。ただ上からしっかりワキを差してパスを狙ってくるのかなって思っていたので、それがなかったのは意外でした」

──試合後、青木選手のマイクパフォーマンスが始まった時、とでも所在なげでしたね。

「ケージから出ていくタイミングを逃しましたね(苦笑)。マイクは僕個人的にはどうでも良いことで。ただ試合が引き分けだったこと、内容が残念だったなと自分のなかで思いつつ、青木選手のマイクは観客がいないし受けているのか、滑っているのか、どうなんだろうって気にはしていました」

──マイク後は間を置かず、2人でケージから出た形ですが暗幕の向こうで言葉は交わしましたか。

「ただ、ありがとうございましたと挨拶をした感じですね」

──なるほどぉ。貴重な体験はデキたけど、貴重な試合にはならなかった?

「貴重な試合にはなりましたよ。メインイベントでグラップリングをやらせてもらうこと自体が、『嘘だろう』って思っていましたし。お客さんもいないし普通の興行とは違って、練習試合のような雰囲気もありましたけど、メインでやるということは自分のなかないことで。

初めての無観客で、青木選手と試合ができたってことは僕のなかでは貴重な試合でした。あれだけ青木選手が盛り上げていたのに、凄い大凡戦になった(笑)。残念ですけど、う~ん、僕は半分ぐらい何かオモロイなって」

──オモロイな、ですか。世羅選手、良いですね。その感性。凡戦になったのも、それは格闘技だからで。

「純粋に勝ちたかった──。そこでお互いの価値観は合わなかったけど、お互いが勝ちたかった。そういうことだと思います」

──柔術、グラップリングもMMAやキックと同様にいつ活動再開するのか分からない状態です。

「ジムがどうなるのか……。カルペディエムのように物販があるジムなら、まだやるべきこともあるのですが……指導だけの道場は、本当に厳しいと思います」

──大会自体も再開の目途は立っていません。ブラジリアン柔術の軸は参加者を集めたトーナメントでありますしね。そういうなかでコロナがある時代の格闘技大会として、今回のイベントはたたき台になるかもしれないです。また、このような機会があれば世羅選手は参加したいでしょうか。

「もちろん、僕は出たいです。石川(祐樹カルペディエム代表)さんがOKなら、全然出たいですね。当分、柔術のグラップリングも大会は無理でしょうし。だから金曜日の大会がどのように捉えられているのかは気になります。きっとクレームを言ってくる人とかもいるでしょうしね。

なにより感染者がでればオジャンだと思いますし。これから、またこういう形の大会を開いてくれるとか話はあるのでしょうか」

──具体的には挙がっていないと思いますが、批判も織り込み済みで主催者もABEMAの中継も仕事をしたと思います。何より日々の状況が変化していますし、その状況に合わせた形で次もあるかもしれないし、できなくなるかもしれないということかと。

「もしまた大会を開いてもらえるのであれば……そうなれば選手として出たいです」

──では思い切って、誰と戦いたいかぶち上げてください。この場を利用して(笑)。

「えっ、ハイ。誰とやりたい? そうッスね。実はとある大会で戦う予定だったのですが、どうも延期になったみたいで。岩本(健汰)君とか。やりたいというか……皆、見たいと思うんじゃないでしょうか」

──青木選手との試合はある意味で、格闘技としての本質ではありましたが、次の機会はグラップリング、柔術といしての神髄を見せるような気持ちになりますか。

「それはないです。僕は神髄を見せたいとか、そういう格好良い目標はなくて。ただ強い人と戦いたい。皆が見たいと思ってくれるカードなら喜んで戦いたいという感じです」

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