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Bu et Sports de combat Interview J-CAGE TTFC08 ブログ リカルド・サープリス 岩﨑大河 朝岡秀樹

【TTFC08】朝岡秀樹氏に訊く、岩﨑大河の可能性─02─「対戦相手は強心臓そうなので、試練に」

【写真】空道での岩﨑。素面、MMAグローブ、ケージ、相違点は多く存在するが、技の正確性を問われつつ破壊力が求められる北斗旗の経験は非常に有効なはずだ (C)HIDEKI ASAOKA

27日(土)に会場非公開の無観客大会として開催されるTTF Challenge08。

メインでリカルド・サープリスと岩﨑大河。彼についいて元格闘技通信編集長で1992年の北斗旗軽量級優勝、現在では大道塾御茶ノ水支部長の朝岡秀樹氏に話を訊いたインタビュー後編。

重量級の逸材だったからこそ、国際戦で苦戦を強いられた岩﨑にとって、今回の試合は苦手な部分を克服するための試練の一戦と朝岡氏は明言した。

<朝岡秀樹氏が岩﨑大河を語るインタビューPart.01はコチラから>


──強くなるためにMMAに進出するわけですが、日本人と戦った時と国際戦で戦った時のギャップをどう埋めることができるのかという課題は残ったままと?

「そうなんですよね。MMAでも同じようになることはあり得ます。ただ空道で加藤久輝や野村幸汰という相手がいなくなると、もう勉強にならないですからね。だから不安な点はありますが、それ以上に重量級で上段への蹴りを交えながらスピードのあるパンチの攻防ができるなど、全般的に能力が高い選手ですし、MMAでもミドル級なのにライト級やフェザー級の動きができると思います」

──おお、それは期待値が高まります。

「それでも、繰り返しいなってしまいますが……メンタル面は心配です。だからこそ、TTFCの煽り映像で対戦相手がアフガニスタンで戦場を経験してきたとか、そういう心臓の持ち主なので良いマッチアップだと思いました。

リカルド・サープリス選手は打たれても、打ち返してきそうですよね。凄くタフネスさを見せそうで、そうなった時に岩﨑選手が焦ったりしたら、良い試練になるかと思います」

──そういう意味では小径ケージで戦うと、空道の試合場と違い凄く圧迫感があるので、そういう部分でも岩﨑選手がどのように正確な技術を出せるのか楽しみです。

「僕自身、アマ修斗に出た時に地域大会の柔道場での試合と、リングで戦うのでは同じルールでも違う競技だって感じたんです。上手く戦場を使えないと、勝敗はひっくり返るなって感じたのを思い出します。

修斗の柔道場とリングですら、そんな風に感じたぐらいなので岩﨑選手は空道の試合場の広さと、狭いケージだと凄く違ってくるでしょうね」

──仮にサープリス選手が振り回してきて、下がるとすぐに金網が迫ってくるかと思います。

「まぁ、これは言って良いか分からないですが、大道塾の体重別王者だろうが、MMAに転向するならアマチュア修斗からやれって思うんですよね……僕は今でも。

アマチュアの他競技をやっていた人間が、デビュー戦でプロの大会のメインって……なんで、そうなっちゃうのってことは思っています」

──さすが朝岡No Fake秀樹です!! そういう意見を今、口にする格闘技マスコミは自分も含め皆無になりました。

「だってKIDだってアマ修斗に出ているんですよ」

──先日、修斗暫定世界バンタム級王座を賭けて岡田遼選手と戦った倉本一真選手も、天皇杯3連覇でアマ修斗を経験しています。

「その方が説得力ありますよ。だって、そうじゃないですか。違う競技なんだから」

──いやぁ、嬉しくなってしまいますね。今、MMAPLANETで武術とMMAの関係に関して連載させてもらっている剛毅會の岩﨑達也さんが……。

「MMAデビュー戦で。ヴァンダレイ・シウバとやった(笑)」

──そうです。その岩﨑さんが「あの時、あなたは『総合やるなら、アマ修斗からやれって』って書いて。いや、色々と事情はあったにせよ、その通りだって思いましたよ(笑)」と言ってくださったことがあって(笑)。

「アハハハハ。本当にその通りです。デビュー戦でシウバなんて(笑)。そこも含めて、こっちの岩﨑選手も凄くプレッシャーが掛かって、それが良い経験になるかとも思います。彼が必要なことを勉強できますしね」

──と同時にアマ修斗も再開の目途が立っていないですし、長南さんも実力の査定はしていると思います。その上で、「甘くないぞ」という相手を組んで来たのかと。

「アハハハ。長南さんも甘くないですよね。きっと、岩﨑選手をビビらせてやろうと思っているはずです(笑)」

──今回はONEの階級なので、体重のリミットが93キロです。岩﨑選手は確か身長が185センチ……。

「体重は85キロとかだと思います」

──ご飯をたくさん食べないと体重がアンダーになってしまうと言っていましたね。なら海外志向が強いですし、向こうでやるならウェルター級というのもあり得るかもしれないですね。

「将来的には77キロが適正かと、僕も思います」

──では最後に岩﨑大河選手の……その将来性に関して、一言お願いします。

「ポテンシャルが非常に高いことは間違いないと思っています。なかなか日本の重量級には存在しない、逸材です」

■TTFC08対戦カード

<ミドル級(※93.0キロ)/5分2R+Ex>
岩﨑大河(日本)
リカルド・サープリス(米国)

<ライト級(※77.1キロ)/5分2R+Ex>
マックス・ザ・ボディ(カメルーン)
村岡倫行(日本)

<バンタム級(※65.8キロ)/5分2R+Ex>
MG眞介(日本)
前川大輔(日本)

<バンタム級(※65.8キロ)/5分2R+Ex>
真人ガーZ(日本)
スソン(日本)

<ミドル級(※93.0キロ)/5分2R+Ex>
関野大成(日本)
泰斗(日本)

<フェザー級(※70.3キロ)/5分2R+Ex>
石井巧太郎(日本)
狩野優(日本)

<フライ級(※61.2キロ)/5分2R+Ex>
大竹陽(日本)
川北昴生(日本)

<フライ級(※61.2キロ)/5分2R+Ex>
御代川敏志(日本)
谷村愛翔(日本)

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Bu et Sports de combat Interview J-CAGE TTFC08 ブログ リカルド・サープリス 岩﨑大河 朝岡秀樹

【TTFC08】元格通編集長&大道塾・朝岡秀樹御茶ノ水支部長に訊く、岩﨑大河の可能性─01─「動ける選手」

【写真】思えば大道塾は相反するプリンシプルを持ちながら、真っ先──というか唯一Vale Tudoと向き合った──武道を標榜する団体だった(C)t.SAKUMA/Fight&Life

27日(土)に会場非公開の無観客大会として開催されるTTF Challenge08。メインでは岩﨑大河がリカルド・サープリスと戦う。

2017&2018年の北斗旗体力別選手権=体力指数260+級で二連覇、2015年と2016年は準優勝、昨年の無差別でも準優勝するなど、正真正銘の大道塾=空道のトップ選手だ。

空道は打撃、組み、寝技ありの総合武道であるが、MMAとは明白に別物だ。そして打撃、投げ、寝技という共通要素を持つが故に、キックボクサーやレスラーのMMA転向より実態が測りづらい部分がある。

(C)HIDEKI ASAOKA

そこで、今回は元格闘技通信編集長で1992年の北斗旗軽量級優勝、2003年には全日本アマ修斗バンタム級も制し、現在も大道塾お茶の水支部の支部長であり国際・全日本空道連盟の広報としても活動している朝岡秀樹氏に、岩﨑大河のポテンシャルについて尋ねた。

現在発売中のFight&Life誌では岩﨑大河本人にMMA転向とこれからについてインタビューが掲載されているが、ここではユース時代から岩﨑を追ってきた朝岡氏は第三者として、どのように岩﨑の可能性と課題を考えているのか。


──MMAPLANETでは空道の試合を追っていなかったので、改めて試合映像をチェックしても、総合武道故に分かりづらい部分があります。そこで朝岡さんに岩﨑選手のMMAにおける可能性を伺わせていただきたいと思います。

「分かりました」

──まず空道を戦っているうえで、岩﨑選手の強さとはどういう部分なのでしょうか。

「一番は体が大きい割に、動けることです。あの体で、あそこまで動ける選手は珍しいです」

──あぁ、なるほど。だから、映像で見ると軽量級の選手のように動けるので、さほど大きく感じなかったのかもしれないです。

(C)HIDEKI ASAOKA

「体つきを見てもらっても、僕らの競技では185センチも身長があるとポッチャリ系でモッサリしている選手が多いんです。彼も一時期は100キロほどあったのですが、その時でも速かったです。今は85キロぐらいだと思うのですが、より動けますよね」

──技的に岩﨑選手の得意とするのは、どういう技術だと考えていますか。

(C)HIDEKI ASAOKA

「技は偏っていないです。ある意味、ミスター空道というか……パンチ、キックから掴んでの頭突き、投げ、襟を使った絞めだとか、全般的に綺麗に戦うことができます」

──前足の蹴りを上下蹴り分けることができて。そこは日本のMMAファイターにはまだまだ少ないかと。

「空道の世界でも、重量級には彼のようにそれができる選手がほとんどいないです。非常に稀な、素晴らしい選手でした。ただし高校生の時から大きくて、ジュニアの頃は階級が細かく分かれていて、そうなると相手がいないということも彼にはありました」

──試合映像を視ても、無差別級も存在する競技特性上からするとMMAでは起こりえない小柄の選手と戦うことも少ないです。

「その体格という要素が、彼に課題を残してきたんです」

──それはどういうことでしょうか。

「日本では体が大きくて相手がいない。でも、ジュニアの時から世界大会に出ると、海外の選手の大きさに慣れていなくて負けてしまうということがありました。世界選手権は4年に一回で、他にワールドカップやアジア大会もあるのですが、キャリアを通してどうしても自分より小さい選手と戦うことが多かったです。

空道では国内にライバルがいない。だから国内では圧倒的に勝っているのですが、国際大会になると負けた試合は脆いです。強い時、弱い時がハッキリしている。それは空道の時からの課題に挙げられていたことで、競り合いの経験が少ないということがあります。メンタル的にも大きな相手と戦うと、焦って強引な攻めを見せて負けてしまうことがありました」

──なるほど、そういう課題があるとMMAでも海外の選手は同階級といえども大きいですからね。

「もともと彼がMMAを考えるようになったのは、そういう課題を克服するために『お前、アメリカに行ってこい』と彼の新潟時代の指導者である山田(利一郎)支部長がアドバイスをしたからなんです。

20歳ぐらいでまだまだノビシロがあるのに、国内には敵がいなくて成長が止まってしまうことを危惧して、もっと大きな選手とやってこいということだったんです。僕自身、記事にしたことがあるのですが、『MMAとか外で揉まれる方が良い』と思っていました」

──それだけ空道でも大きな海外勢が強いのですね。

「空道の場合はロシアやアゼルバイジャン、ジョージア、タジキスタンなど旧ソ連の国が強くて、2017年のアジア大会で岩﨑選手はアゼルバイジャンのバイラム・ゴザレフに一本負けしています。2018年の世界大会では準優勝したセルゲイ・ミナコフというロシア人選手と、拳を骨折した状態で戦い延長スプリット負けでした」

──旧ソ連はMMAでいっても一番えげつない地域です……。旧ソ連の国は今もレギュレーションはかなりルーズで、強い人間が強いという感じで。

「空道も同じだと思います。今、MMAを見ているとダゲスタンの選手が凄く強いじゃないですか。ONEでも中央アジアとか、それと同じ状況です。フィジカル的に強い……ジョージアとかも、皆ああいう感じですね。

日本人相手だと予定調和的に倒れるような攻撃が入っても、旧ソ連の国の選手たちは『アレ、倒れない』ばかり向かっていくので(笑)。岩﨑も自分の攻撃が効かない状況になると、弱くなっていました」

──なるほどぉ!! その打撃に関してですが、空道と比較するとMMAの方が遠いかと思いますが、その辺りはどうでしょうか。

「重量級のなかでも、出入りや距離の調整は巧みでした。掴まれたくない相手と戦う時は出入りも早かったですし、そういう部分でも器用な選手です」

──いわゆる重戦車ではないということですね。

「ハイ(笑)。重量級になると、下れない選手も多いですが彼はパッと入って、パッと下がることはできます。と同時に、その必要性がなかったのか下がって待って打つというか……カウンターは余り見たことはないですね。

と同時に相手のパンチが当たらない位置に頭を振って、パンチを纏めてから距離を取り直すという動きは上手いです。だからMMAにおいても、強い時は強いはずです。それができた時は。そうでないときがどうなるのか、その課題は実は空道でもMMAでも変わらないと思います」

<この項、続く>

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Bu et Sports de combat Interview UFC アンジェラ・ヒル クラウジア・ガデーリャ ブログ 岩﨑達也

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ガデーリャ✖ヒル=質量✖機動力

【写真】質量と機動力、質量もMMAを戦ううえで一つの要素であり、全てでは決していない(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──クラウジア・ガデーリャ✖アンジェラ・ヒルとは?!


──今回は女子ストロー級の一戦です。

「あのう……この試合なんですが、あれはどういう判定なんでしょうか? この裁定は全く理解不能です。フルマークでアンジェラ・ヒルの勝ちです」

──初回はテイクダウンがあったので、カデーリャという見方は成り立つかもしれません。ラウンドマストで最終回もジャッジがどう判断するのか──なかにはガデーリャという人もいるかもしれない。でも、普通はヒルで……試合を通してなら判断するなら絶対的にヒルだったかと思います。

「この試合でいえば、もうカデーリャの方が強いんです。強いのは。でも、彼女は横着してしまっていました。正直、ヒルの方は打撃のレベルはホントに高くないです。でもね、彼女が偉いのはずっと動いていることです。止まらないですよ。常に距離をとって、そこで動き続けている。ガデーリャは、ああいうヒルの懸命なファイトを見習わなければいけないです。カデーリャは楽をして勝とうとし過ぎていました」

──コロナウィルス感染問題で、練習環境をなかなか作れなかったのか。いつもはもっと、ガンガン攻める選手です。それが動けず、横着するようなファイトになってしまったのかもしれないです。

「それはあったかもしれないですね。ただ、どういう状況であれガデーリャは動いていなかった。対して、ヒルは動き続けていた。そしてガデーリャの素晴らしい一発よりも、間断なく動いている攻撃の方が見えにくいということが、この試合から分かります。

ガデーリャは2Rに左フックを被弾してダウンをしましたが、あの時は見えていなかったです。質量がずっと高いのはガデーリャで、ヒルの動きはパタパタしたモノでした。実はああいう動きでなんとかするタイプは、私個人としては好きではないです。でも、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという理屈で、回転数が高くなっているからガデーリャも被弾してしまいました。1発目は避けても、2、3、4と続くからどこかで貰ってしまいます。

ケージに押し込むシーンやテイクダウンなどはガデーリャでしたが、そこもスタミナが切れないよう彼女を慎重というか、横着にさせた点かと思います。そしてヒルも押し込まれた状態が続いた。あそこで動く練習をしないとは考えられないのですが……」

──確実に押し込まれた状態で押し返すか、もしくは体を入れ替える……回す練習はしているはずです。ただし、それをすると自分も疲れる。逆にガデーリャに押し込ませて体力を削り、ヒルはケージを背負ってエネルギーをセーブしていたことも十分に考えられます。

「あぁ、正に足し算と引き算があるMMAならでは攻防ですね。この試合は特にガデーリャの方が実力は上なので、ヒルが動き続けるために組まれると体力をセーブする対応に留めるということですね。う~ん……、そもそも論になってしまいますが……にしても今回はなぜ、この試合を取り上げたのですか?」

──あぁ、実はですね、もう既に岩﨑さんが全てを返答されているのですが、本来この両者で格闘家として強いのはガデーリャだと私は思っています。

「ハイ、それはどうだと思います」

──そして、私はアンジェラ・ヒルのスタイル……動き続けて、パンチで倒すのではなくて、パンチを当てて勝つタッチ・キックボクシングMMAが嫌いなんです。

「私もそういう試合は好きじゃないですねぇ(笑)」

──まだ、打撃を散らしてテイクダウンから寝技で勝負というのは分かります。でも、ただ打撃を散らすだけ。それは戦いなのか……と。

「まさに仰る通りですッ」

──ただし、MMAはコレが許される。こんな試合が許される競技格闘技はMMAだけだと思います。そして、この試合はあれだけ圧力、一発のあるガデーリャをそういうファイトで封じ込めた。判定負けはしましたが、岩﨑さんも言われているようにMMAとして、ヒルは勝っていた。その面白さがMMAにあるので、間や質量がどうだったのかを知りたかったのです。

「なるほどですねぇ(笑)。確かに強いのはクラウジア・ガデーリャで、それでもアンジェラ・ヒルが試合は勝っていた。意味不明な判定負けになりましたが、ヒルが絶対に勝っていました。まぁ、それもMMAではままあることですが……それにしても、この判定はおかしいです。

3Rになるとヒルが疲れました。でもガデーリャは、そこでも攻めなかった。そんななかヒルのローキックは良かったです。でも効かすことができているのも、自分で理解できているのかは分かりません。ヒルはパターンで練習しているのか、パタパタしている。逆にガデーリャは殴る実感が拳(けん)にあります。

中国武術に『意』という言葉がありますが、中国では意識と意は明確に違うモノとされています。意識は考えることで、意は本能……本能の発動のようなもので。例えばヘンリー・セフードのパンチ、蹴りには『意』があります。対して、ドミニク・クルーズは5Rをマネージメントして勝ちます。ただし、それは達人技です。彼だからできる戦いですが、武術的な意はないんです。

これはドミニクがそうだというのではなく、漫然な動きというのは格闘技の試合のなかにおいてもいくらでも見ることができます。練習でも漫然とシャドーをするのと、左で顔面を叩く、右で顔面を叩く──その実感を持って練習している人と、そうでない人の差は出てきます。それが日々の積み重ねなので。

と同時に、いくら意があってもコンディションというモノに左右されます。ガデーリャとヒルもそうで……いくら質量が良くても、それを動かす機動力がなければ格闘技の試合では勝てないです。質量が高くても、機動力に負けることはあります。つまり質量の高さを生かす戦術を立てないと競技では勝てない。私もここで質量、質量って言っていますけど、質量も格闘技の試合を戦ううえでは、一つの側面に過ぎないのです。

この試合は質量も間もガデーリャです。だけど、活かしきれていない。そこで機動力に負けてしまった。まぁ、試合結果としてはガデーリャが勝ったから、何とも意味の分からない裁定なのですけど(笑)。私もよく『ジャッジの善意を期待して戦ってはいけない』とは口にしているのですが、今回のこの裁定は意味が分からないです。クソボールでフォアボールだと思って一塁に向かって動き始めたら、ストライク!!って審判が言って、三振にさせられたようなものです……ヒルにとっては。

と同時に判定云々でなく、改めて理解できたのはMMAの攻撃とは回転数を無暗に上げられない。その側面が見えたことですね。

掴みがない、顔面殴打がないフルコンタクト空手、組み技がないキックボクシング、あるいは打撃のないレスリングという戦いは、攻撃する側がその回転を上げやすいです。左から右、右から左、上から下、下から上、外から中、中から外という風に間断なく回転を上げることができます。ワンツーからワンツースリー、ポンっというように。

ところがMMAはワンツー、ワンツースリーからポンっというリズムで勢いをつけていっても、その間に組みつかれることがあります。組みにしても、組みのテンポでは打撃で間隙をつかれます。そういう戦いは、やはり練習が難しいです」

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Bu et Sports de combat Interview ニコ・プライス ブログ ヴィセンチ・ルケ 岩﨑達也

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライス─02─

【写真】戦いだから気持ちの部分は大きい。そして、攻勢か劣性か自身の状態を把握することも大切になってくる(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術、ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

前回に引き続き武術的観点に立って見た──ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライス戦、MMA界髄一の接近戦ボクサーと変則的なファイターの勝負で何が見られたのか?!

<武術的な観点で見るMMA。ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライスPart.01はコチラから>


──ルケに関していうと4月18日に向けて米国に入り、大会がキャンセルされてブラジリアに戻ると、そこから対人練習はできていなかったようです。スタミナのロスも激しかったです。

「現状、コロナ問題で調整が難しいということもありますが、MMAはただでさえスタミナ創りが簡単ではないですしね。2Rは間はプライスになっていました」

──ルケは下がるようになったかと思います。

「ハイ。ただし、その下がるという動きは正解なんです。格闘技は前と左右は使えているけど、後ろはまだまだ使えていないことが多いです。MMAにしても相手と自分、自分と後ろを考えると、後ろの方がずっと空間が大きい。でも、互いに間の前の相手に勝とうとして、狭い空間の奪い合いになります。でも自分の後ろからケージまでの距離の方が、もっと広く使えるんです。

と同時に、ルケはその場でカウンターを当てる選手だから、前に出たり、下がると当てることができなかった。逆に前に出る選手はその場で打てないことも多いです。誰もがそういう欠点があって戦っています。なので一番嫌らしいのは下がって打撃を当てることができる選手だと私は思っています。前に出て戦う選手より、下がって当てる選手の方が実は度胸が必要なことですしね。打ちに行く場合に関して言うと、ビビッて前に出ることは決して少なくないですからね」

──いずれにせよ、ルケは2Rにパンチのクリーンヒットがなくなりました。

「ただプライスも攻めが甘い。正攻法ができないから、あそこで打ち勝てなかったんです」

──それでも3Rですら、プライスの方が攻勢でした。最後の場面が訪れる少し前までは。

「これはハッキリと言い切って良いか分かりませんが、プレイスは勝負を投げました。結果的にダウンからパウンドで殴られ、目が腫れてドクターストップがかかりましたが、その前の左フック……あのダウンしたパンチは効いていません。アレはもう自分で寝ました」

──!!

「でも、誰しもありますよ。苦しいと、もう当ててくれ……終わりたいって思っちゃいます。これね、あなた方の仕事の人や指導者の人なんかも『格好悪い』とか『格闘家としてあるまじき行為だ』って批判しますが、よくあることですよ。だって、そうやって試合を投げた選手をどれだけ見てきましたか?

そういうことは多々あるんです。ただし、プライスに関して勿体ないと言えるのが2R、3Rと優位に立っていたのに寝てしまったことです。もう少し頑張ると勝てるんだという自分が置かれた状況を判断できていなかったことが問題だったんです。

破壊力はルケでも、ヘンテコリンな前蹴り、打ち回し蹴りだけでなく組んでのヒジとかヒザでプライスは盛り返していた。それがヘンテコリンな自由の発想の持ち主だからか、そういう優位な攻撃に固執しない。とてもアッサリしている。下手をすると、勝てると思っていなかったかもしれないです。

3Rも是が非でも取って勝つんだという戦いではなかったです。勝手に不利だと思っていて、精神的な負担も大きくなっていたかもしれないですね。プライスに何が何でもという気持ちがあれば、勝てた試合だったと思います。ルケにしても、最後の左フックは初回の素晴らしいパンチを比較すると、それほどでもなかったですしね」

──最後はルケの得意な距離でもなかったように見えました。

「全然違いますね。まぁ、でもテイクダウンを取ってもプライスはアッサリしていましたよ。すぐにスクランブルを許して」

──それはルケがスクランブルでフロント系のチョークが強く、またダースで前回やられているのは影響したかもしれないですね。

「あぁ、だから倒してから続けたくなかったのですね。フォークスタイル・レスリングをやると疲れそうですもんね。だから蹴り上げとかで勝ってきたように、ねちっこい戦いはできないファイターかもしれないですね。対して、ルケの精神力は素晴らしいです。彼は最後まで諦めていない。ただし、前の試合で下がられて負けたことで必要以上に考え過ぎてしまっていたのかもしれないです。それが苦戦した要因かと思われます。

トンプソン戦で負けたにしても、彼の良いところは何も錆びついていない。ここもまた難しいですよ。ビジネスでも試合でも、選択と集中というのがあって。反省して、色んなことを保全しようとして焦点がぼけることもありますしね。武術的にいえばルケは、トンプソン戦で先が取れなくなった。そうなると、距離を取って後ろ回し蹴りやジャブを伸ばすトンプソンの間になるわけです。

そこで考えるべきは追っかけて距離を詰めて云々という思考ではなく、距離を取って回るトンプソンは何が嫌なんだろうって考えることです。相手の嫌なことを考え、実行すると先は距離に関係なく取れるようになるんです。今回に関しては、プライスは間違いなく近距離でのパンチが嫌なんですよ。そこに徹しきっていれば、楽に勝てたかもしれないです」

──敗因を見つめ、改善することは必要ですが、その見極め方もまた難しいということになりますね。

「そうなんですね。ルケはヘンテコな蹴りを貰ったことで、トンプソン戦を思い起こしたというか、警戒し過ぎるようになってしまった。断然有利なのはルケだったのに。なんであんな風になってしまったのか。そこをチームとしてフォローしないといけないですね。MMAだからあの距離で戦うのは一方向に偏っているし、そこで生じる欠点は出てきます。それにしても、ルケの接近戦での強さは頭抜けていますから。そこを活かして戦うべきなんだろうと思います」

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Bu et Sports de combat Interview ニコ・プライス ブログ ヴィセンチ・ルケ 岩﨑達也

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライス─01─

【写真】MMAでこの距離で戦い続けるのはヴィセンチ・ルケとホゼ・トーレスぐらいか(C)Zuffa/UFC

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライスとは?!


──今回はヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライスの1戦をお願いします。この試合は再戦で、前回はルケがダースチョークで勝利しています。

「ルケは相当なストライカーですね。とにかくパンチが良いです。ヒジでパンチを打てる選手です」

──ヒジでパンチを打つとは、どういうことでしょうか。

「我々が追及している突きもそうなのですが、肩甲骨を使うということが言われていますよね。エメリヤーエンコ・ヒョードルのようなロシアンフックと呼ばれることもMMAではありました」

──柔軟に肩が回るパンチですね。

「ハイ。ただ肩を回そうとしても、回りません。そのためには肩甲骨を使う必要があります。ただし肩甲骨を使うには、ヒジが使えないと肩甲骨は動かないのです。サンチンの突きも、ヒジで肩甲骨を動かしているんです。ヒジを使う。その状態が何であるかは別の機会に説明させていただくとして、ルケはとにかくヒジを使うことで、肩甲骨が動くパンチが打てていました。

結果、ワンテンポ早いのでプライスには見えなかったでしょうね。何よりも、打ち合いになったときに絶対に顔がブレないです。ショートの打ち合い、MMAグローブであの距離で打ち合うって相当怖いところですが、全く顔がブレないでプライスのパンチに自分のパンチを合わせている。あれは普通はできないです。MMAファイターであの距離に居続ける選手は初めて見ました」

──頭がブレない……頭を振らないとパンチを被弾することはないですか。

「頭を振るのは、何のために振るのか。動かしてずらして殴るためなのか、避けるために動かすのか。それともただ動かしているのか。この3つの理由が頭を振る選手に当てはめることができます。なんとなく動かしても、なんのビジョンもないので質量は下がります。打つためにズラしている。マイク・タイソンもそうでした。その場合の質量は逆に上がります」

──ルケは動かしていないということですが……。

「基本的には動かさない方が質量は高いです。本来は動けば動くほど、移動エネルギーが生じるので質量は下がります。つまりは移動しないとエネルギーを起こせない人間よりも、移動しないでエネルギーを起こせる人間の方が上なんです。移動するというタイムラグがなくて、エネルギーが出せるということですから」

──ただし、あの距離など殴れる割合も高くなるかと思うのですが。

「それはそうです。でもクリーンヒットされる数は少ないです。あの距離はルケの間なので、安全なんです。仮に被弾しても、ルケの質量の方が上なので大したダメージにはならない。逆にルケの攻撃が当たった相手の方がダメージが多くなります。だから理論上は安全なのですが、MMAであの距離に居ることができる選手は少ないです。それはビビッてしまってあそこから下がるが、組みに行く選手が殆どだからです。

結果、下がったり、組みにいくことで動いた方の質量が落ちてしまうんです。だからルケのようにはなかなか戦えないんです。顔が動かず、目もしっかりと開いている。あんな選手はそうはいないですよ」

──ルケが近い距離で戦い続けることができるのは、そのような理由があったのですね。

「ルケは素晴らしいボクサーですよ。でも、それ故に下からの蹴りが全く見えていない。ダウンした前蹴りは目を開いているのに被弾しましたから。それはボクシングにバランスが偏り過ぎているからです。何よりもプライスの蹴りは、ヘンテコ蹴りなんです」

──ヘンテコ蹴りですか!!

「プライスの蹴りは、ヘンテコ蹴りです。あのヘンテコ蹴りは、距離を取るのが実は難しくて。

フルコンタクト空手の世界大会でも、ああいうヘンテコ蹴りを使う選手がたまに出てくるんです。しっかりとしたボクシングができるが故に、下がってから蹴ってくる変な蹴りが見えていない。ルケは構えも距離も素晴らしいボクシングのモノで、ディフェンスもボクシング。だから相手は下がることで有利になることもあり、それがプライスにとってはあの一瞬でした。

プライスってこれまでも変な勝ち方をしているようですし、きっと人間としてもヘンテコリンですよ」

──蹴り上げ、そしてガードポジションからの鉄槌で勝ったことがあります。

「それはヘンテコリンですね。今回の負け方も、実はヘンテコリンでしたし。アハハハハ。ヘンテコリンっていう言い方をしましたが、プライスはきっと発想が自由なのでしょうね。ルケのようなしっかりとやっている選手からすると、プライスのようなヘンテコな選手は嫌な相手になることが多々あります。プライスはローとかミドル、ハイなんて下手くそで見られたモノではないんです。でもヘンテコリンな上段前蹴り、内回し蹴りをヘンテコリンな間合とタイミングで蹴ってくる。これはルケには相性が悪いです」

──面白いものですね。

「本当にそうです。腹がすわっていて、間も良いルケがあの前蹴りを受けてしまう」

──ダメージがあるルケに対し、プライスはテイクダウンに行きました。

「それは正解です。あのあと打撃で行ったら、ヘンテコな蹴りしかないからルケのパンチでやられていたでしょう。プライスのヘンテコ蹴りは下がることによって、カウンターで当たる蹴りなんです。対してルケはその場でカウンターを当てることができる。一番大切なのは、その場です。次が後ろを使うこと。相性的に前蹴りは貰いました。でも、あの後にプライスが前に出るとルケの間に戻ります」

──実際ルケはこの前の試合で回るスティーブン・トンプソンを追いかけて、蹴りやジャブを打たれ続けて負けてしまっていました。

「下がる相手には相性は悪いですね」

──ただ2Rに入ってもテイクダウンを織り交ぜ、プライスがボディアッパーや左ジャブを当てており、ルケは打ち勝てていなかったです。

「もちろんダメージは残っていただろうし、もらったことで考えるようになったと思います。それで自分の攻撃ができないようになったことは考えられますね」

<この項、続く>

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Bu et Sports de combat Interview クーサンクー サンチン セイサン ナイファンチン パッサイ ブログ 岩﨑達也

【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─04─サンチン03「呼吸、体、精神」

【写真】剛毅會のサンチンでは、息を吐くときにハッキリと発声することはない (C)MMAPLANET

型、中国武術の套路をルーツとされるなか沖縄で手の修得に用いられた。それが空手の型だ。ここで取り上げているサンチンもそのルーツは中国武術にあるといわれている。元々は一対一、あるいは極小人数で稽古が行われていた型は、明治期に入り空手が体育に採用されることで、集団で行う体力を養う運動へと変化した。

型を重視する剛毅會の武術空手だが、岩﨑達也宗師は「型と使って戦うということではない」と断言する。自身の状態を知り、相手との関係を知るために欠かせない型稽古を剛毅會ではサンチンから指導する。

同じサンチンでも、各流派で順序こそ同じであっても、内容が違ってくる。中身が違う一番の理由は、型稽古を行う目的が違うためだ。力を出すための型稽古と、力が出る型稽古は呼吸の意味合いも違っていた。

武術空手のサンチンで行う呼吸とは、英語にした場合にはBreathingにはならない。そして、『ハァ』という発生を伴う呼吸もない。空手における息吹の有無、ここに触れてみたい。

<【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─03─サンチン02「目的と設計図」はコチラから>


──Breathingでないということは、息を吸って吐いて、だけではないということでしょうか。「阿吽の呼吸」という言葉にある呼吸に、通じているのですか。

「そういう風にいう呼吸ですよね。相撲は立ち合いで呼吸が合わないと、始まらないですよね。呼吸という言葉を、阿吽の呼吸や相撲の立ち合いでの呼吸という風に使っている国は、日本の他にないと思います」

──呼吸とは息づかい、あるいは英語だと息をつくということで休憩するという意味ぐらいですね。

「そういう日本独自の言い方の呼吸……ですよ。Breathingではない。一つ言えるのは、オーケストラの指揮者がいるじゃないですか」

──ハイ。

「アレも同じ譜面があっても、名指揮者と呼ばれる人がタクトを振るのと、覚えたて人がするのでは、同じ軌道を描いたとしても違ってくるはずです。それも日本語独自の呼吸ですよね」

──演奏者と指揮者の呼吸ですね、まさに。

「ピアノの伴奏に合わせて、歌い手が歌うのも呼吸ですね。サンチンは突いて、それを円で腕受けする。言ってみると、それしかない型なのに突いてからの腕受けの呼吸が、どれだけでも深めていけるんですよ。サンチンとは、その呼吸を得ることができる唯一の型なんです」

──その呼吸がBreathingでない、呼吸になるのですか。

「Breathing、医学的にいう呼吸もあります。吸って、吐くという」

──サンチンの呼吸は吐く時に口を開け気味にして、しっかりと意識しています。

「ただし、それは呼吸を人に見せているのではなく、呼吸を意識することで、自分の呼吸を理解しているんです」

──そこが最も重要だというのは?

「吸って、吐いてという呼吸はナイファンチンからはやらないんです。吸って、吐いての呼吸と同様に動作の呼吸というものがあります。それが先ほどのタクトを振るうということで例えると、何となく振っているのと、オーケストラ―全体を俯瞰して、そのハーモニーを考えて振るのでは、武術的に言えば呼吸が違うということになります」

──もっと大きく声をあげる、いわゆる息吹という呼吸はどういうものなのでしょうか。

「私がやってきた他流派のサンチンの呼吸は、ただ単に吸って、吐くというものでした。喉を鳴らして『カァ~』って言う」

──息吹はなぜ、あの『カァ~』という声を出すのですか。

「ああいう呼吸は、東恩納寛量先生はしていなかった。宮城長順先生から始まったと私は聞いています」

──剛柔流の開祖の宮城朝順から息吹を始め、極真もその流れをくんでいると。

「これも聞いた話なのですが、宮城先生が中国を訪れた時に、そこで見た……それは福建省の白鶴拳でまず間違いなくて。白鶴拳にも飛鶴拳、宿鶴拳、食鶴拳、鳴鶴拳という四大流派があります。

そのなかで宮城先生は鳴鶴拳を見てきたみたいで、その影響を受けたと聞きました。鳴鶴拳は、その名の通り鶴が鳴く、威嚇する形意を表していて、その際に套路で攻撃の威力を増すために内勁(内功)を練る。その呼吸法として、『クォ~』、『カァ』という声を挙げているようなんです」

──それは鶴の真似をしてという風に理解して良いでしょうか。

「鳴いている鶴の真似をしているんだと思いますよ」

──息吹は鶴の鳴きまねだったと。それって元々は白鶴拳では内功を練るということですが、声を出すことが必要だと思われますか。

「う~ん、そういう風に疑問を感じたことがなかったんですよ。やりなさいと指導を受けて。審査のためにやっていたようなモノで」

──奇しくも水垣偉弥選手が剣道をやっていて、剣道にも型があるのですが、昇段検査のために何も考えることなく覚えていたと言っていたことがありました。

「そうですね。やらないと、帯がもらえない。そういうことでしたね。それが──精神を落ち着けるためにあるだとか、そういう風に書いてある本もありました。臍下丹田(せいかたんでん)に力を込めて、『クォ~』、『カァ』とやることで心を落ち着けるだとか。だから試し割の前に、心を落ち着けるために『クォ~』、『カァ』とはよくやっていましたよ」

──精神統一のために。自己催眠のようにして、落ち着くのですか。

「いやぁ、無理でしたね(苦笑)。そりゃ、緊張してしまっていますからね……そんなことをしても。だから、そういう経験がなかったり、知識がなくて剛毅會でサンチンを始めたような人のなかには、呼吸という部分に関して他で経験してきた人達よりも感じやすいというのはあります。それって他の知識や経験がないので、自分が感じたこと……そのものズバリなんです」

──空手は流派が多く、サンチンを実際に行っているところも少なくない。だからこそ、呼吸のためのサンチンというものが存在しないサンチンが往々にあるということなのですね。

「ウチでやっているサンチンしか知らない。そこで何かを感じ取っていると、『クォ~』、『カァ』とやるのを見ると違和感を覚えるばかりでしょうね」

──その呼吸ですが、例えばヨガだとやっている間に眠くなるというのを聞いたこともありますし、実際に見学しているとやっている人が眠ってしまったのを見たこともあります。ゆっくり呼吸をすることで、サンチンをしている時に眠気を覚えるようなこともあるのではないでしょうか。

「あるかもしれないですが、それは良くないことです。それは気持ち良くなってしまっていますよね。力むよりも良いですが、ゆっくり動くなかで筋肉や、心の状態にどのように呼吸が影響しているのかが、体得できていない。だから眠くなる。サンチンは呼吸、体、精神という三位一体で見つめて、深めていけるものです。同じ姿勢でも、ゆっくりと呼吸を理解していけば、足元にその影響が出ているとか、自分で感じることができます。

その想いが共有できない人に動きの順序や、形を真似てもらっても、そこは理解できない。と同時に理解し始めた人が、もっと知ろうと疑問をぶつけてくれた時、そういう部分を掘り下げていないと、答えることすらできない。そして言葉では、もう延々と説明ができてしまうので、『なら実際に動きましょう』となる。その繰り返しなんです。やればやるほど味のある型、それがサンチンです」

<この項、続く>

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Bu et Sports de combat Interview クーサンクー サンチン セイサン ナイファンチン パッサイ ブログ 岩﨑達也

【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─03─サンチン02「目的と設計図」

【写真】廻し受け──虎口も呼吸が違うのは、型を行う目的が違う。ではその目的とは何なのだろうか(C)MMAPLANET

型、中国武術の套路をルーツとされるなか沖縄で手の修得に用いられた。それが空手の型だ。元々は一対一、あるいは極小人数で稽古が行われていた型は、明治期に入り空手が体育に採用されることで、集団で行う体力を養う運動へと変化した。

型を重視する剛毅會の武術空手だが、岩﨑達也宗師は「型と使って戦うということではない」と断言する。自身の状態を知り、相手との関係を知るために欠かせない型稽古を剛毅會ではサンチンから指導する。

同じサンチンでも、各流派で順序こそ同じであっても、内容が違ってくる。なぜ、中身が違うサンチンとなるのか。

<【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─02─サンチン01「根幹となる呼吸」はコチラから>


──剛毅會ではサンチン、ナイファンチン、クーサンクー、パッサイ、セイサンという5つの型の稽古をします。そして口からの呼吸を通してカラダの呼吸をサンチンにより学ぶとのころです。そこで得たことで、その後の技は変わってくる。呼吸を突き詰めれば詰めるほど深く、強くなっていくと。そして呼吸によって養われる破壊力は、加齢に関係なく上がってくということですが、このサンチンにしても剛毅會のサンチンと伝統派、フルコンタクト空手の流派が行うサンチンは順序が同じでも、呼吸や動きが明らかに異物です。

「私は他流派といっても、伝統派のサンチンの稽古をしたことがないので何ともいえませんが、剛柔流のサンチンと極真のサンチンは同じ流れで来ていると思っていました」

──動画などで視てみると、こういう表現が正しいのか分からないのですが、極真のサンチンの方がキビキビしているように感じました。剛柔流に対して、もちろん剛毅會のサンチンと比較しても。

「う~ん、キビキビして見えるのは、決めが原因になっていると思います。私の追求している武術空手とは、決めの意味が違うんです。なぜ、決めの意味が違うのか、それは目的が違っているからなんです。そのサンチンもシンプルな突いて、腕受け、突いて、腕受け、中割れ、虎口という流れはほとんど同じです。

そしてサンチンとは、吸って吐いての呼吸の型。または筋肉……体を鍛える鍛錬の型と言われています。しかし、その呼吸の目的、鍛錬の目的が全然違うということなんです」

──岩﨑さんの経験談として、極真空手時代にどのような鍛錬を行っていたのかを教えていただけますか。

「私はまぁ角材で体を叩いたり……ですね。そういうことで体が強くなるという。ただし、今から思うと鍛錬することで最も大切なことは、力を出してはいけないということなんです」

──力を出してはいけない?

「筋肉を締めて、力を入れて……つまり力を使って痛くないようにしても、それは空手の鍛錬にはならないんです。サンチンなど型で力を出すのではなく、型よりに力が出ていないといけないんです」

──力を出すというは、力を出そうという意識が働いているということでしょうか。

「その通りです。力を出そうとするのと、出ているのではまるっきり違います。どうしても鍛錬するというと、鍛えるという意識が働くので力を込めてしまうんです。でも、それでは意味がない。剛毅會空手にとって正しい型を稽古すれば……そうですね、呼吸をゆっくりして、突きや腕受けにしても、キビキビとしたキレなどなくても良いんです。それによって、強さや繋がった感じなどが明らかに違ってきます。

つまり設計図通りに型をすれば、ある種の力が出てくるんです。それは力を込めても、出るものではないということですね」

──では順序は同じでも、設計図が違うということですね。つまり根本が。

「目的が違えば設計図が違い、全てが違ってきます。もう、だから型といってもまるで違うもので、こういうことをいうとアレなんですが、私の気持ちとしてはコメントのしようがないんですよね。同じ順序、同じ名称であることがもう、そもそも違うだろうということなので。

極端な話になりますが、筋肉を締めて力をだすのであれば、型でなくウェイト・トレーニングをすれば良いと思いませんか?」

──あっ、なるほど。その例えは型を知るうえで凄く言い得て妙ですね。

「ウェイトで鍛えた筋肉があれば、殴られてもやられないようになります。でも、それはサンチンをすることで出ている力ではないということです」

──サンチンが違っているのであれば、もう他の型も全て違ってきませんか。

「そうなんです。指を伸ばして突いてみたとします。指は弱いですから。それを巻き藁とか砂袋、小豆の中に突っ込んで貫手を鍛えるとかありますが、それで私は強くなった覚えはないです。そうするよりも指を伸ばした設計図通りにやれば、力は出ているんです。力を出しているのではなくて、そういう力が出ているんです」

──では昔の沖縄の手の人たちは、硬いところを殴って鍛錬するというのは、力を出すのではなくて、力が出るよう稽古していたということですか。

「それは分かりません。私は琉球の型がどうだったのか、分からないんです。私が習った型がそうであっただけで。ただし、叩くということと型はまた違うかもしれないですしね。だから私は消去法で見ています」

──消去法で見るというのは?

「空手は数多くの流派があり、それだけの稽古があります。どのような稽古をしているのか、それを耳にしたときに自分が求めているモノと共通している部分はあるのか。あるいは全く関係ないのか。そういう部分で、自分が探求したい、知りたいというモノ……消去法で残ってものに対して学ばせていただくという気持ちでいます。

イメージとしては昔の手の人たちは何かを叩くというよりも、お豆腐のような柔らかいモノのなかに指が綺麗に入っていく。そういう感じに近いような気がします。貫手の場合は」

──では呼吸の目的の違いとは、どのようなことでしょうか。

「呼吸に関しては……多分ですね、もう語りつくせぬほど違いが見られます。そのなかでも根本として、自分の呼吸と相手との呼吸が存在し、武術空手のサンチンで行う呼吸とは、英語にした場合にはBreathingにはならないわけです」

<この項、続く>

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Bu et Sports de combat Interview J-CAGE ONE Road to ONE02 ブログ 岩﨑達也 後藤丈治 祖根寿麻

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。後藤丈治✖祖根寿麻─弐─「コロナがチャンス」

Goto vs Sone【写真】MMA故に選択肢は多く、必死で練習してきたスクランブルMMA故に選択が限定されてやすい。これもMMAの妙(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──後藤丈治✖祖根寿麻とは?!──後編では、質量の高い後藤に対し、祖根が取るべき手段について尋ねた。

<武術的観点に立って見た──後藤丈治✖祖根寿麻Part.01はコチラから>

──祖根選手は一度は背中をつけて対処しましたが、またシングルにいってタップしました。

「そのシングルに行くのが失敗だとしたら、祖根選手はそれも分かっていたはずです。でも、トータルでMMAを経験値として覚えているから、試合ではあのようにハマるパターンの勝敗というのが起こると思います。

だからこそ、今、コロナの時期はチャンスなんです。自分が普段しないことをやる。日々に追われるとこなす稽古になってしまいがちです。強くなるためにブレない人が今だからでこそきることをする。それは対人練習でなくても、いくらでもあるはずです。

MMAファイターの人たち、試合がない今こそ──という気持ちでいてほしいです。例え1人でも強くなれる練習に没頭できます」

──ここまで話を聞いてなおですが、試合の立ち上がりというのはやはり大切ではないでしょうか。構え、間、質量、全てが後藤選手だった試合で、打で祖根選手が対応した。

「まあ、これも結果論ですが、結果論から学べることとして、いきなり前へ出るのではなく、先ずは距離を取って後藤選手に打たせそこに組みの圧力をかける、そしてパンチ、またはテイクダウン狙いからスクランブルなど、そういう手があれば祖根選手も自分の武器を使えたのかというのはあります。

何度も言っていますが、後藤選手の左のパンチはカウンターです。そこに打ちに行けば貰う確率は高くなる。ただ後藤選手の攻撃が、後の先を取れているかどうかは分からないです。後の先が取れていないのなら、祖根選手が先の先を取れれば後藤選手のカウンターを後手にさせることができ、自分のペースで試合を作ることも可能だったと思います」

──カウンターと後の先が違う、そこを今一度説明していただけますか。

「カウンターとはタイミングが取れた結果、起こる事象です。後の先とは、先が取れているという条件下でできることなんです。仮に後藤選手が後の先が取れていなかったとします。その場合、先の先を取られるとやられます。それは待ちの姿勢が後手に回るようになるからです」

──確かにカウンター狙いで、後手後手となる事例は少ないですね。

「逆に質問なのですが……祖根選手のシングルも、打からシングルでなく、MMAなのでシングルから打ということもありなわけですよね?」

──ハイ、デメトリウス・ジョンソンはそのパターンをMMAに持ち込みました。

「なるほど。では、それができなかった祖根選手はシングル狙いで居ついた(※一方向に意思が偏っている状態)ということですね。シングルに入って解除してパンチ、またシングルとか、祖根選手にも戦うパターンはあるはずですから」

──構え、間、質量で上回っている後藤選手を相手に、今言われたような攻撃が可能なのでしょうか。

Goto vs Sone02「後藤選手はしっかりと打とうして、足が決まることがあります。これは武術的にいえば、居ついている状態でもあります。それでも祖根選手が闇雲に突っ込んでいくと、あの左が待っていたでしょうね。だから前後の動きですかね。下がることができれば、後藤選手の戦力を低下させることができた可能性は高いです。逆に祖根選手は前に出ることで、後藤選手の戦力を上昇させてしまいました。

それが試合ってことなんです。アスリートは作品への完成度に拘ることを忘れて、ノルマをこなすようになります。青木選手がよく試合だけでなく、大会を通して自分のやることを作品と呼んでいるじゃないですか。あれがあるから、青木選手はパターン化しない。そして、強くなるために貪欲で、新しいモノを追い求めているのはMMAPLANETのインタビューを読んでいても分かります。

それが今、彼が良く口にしている岩本(健汰)選手とのグラップリングなんでしょう。そういう自分が強くなるために、斬新な『おっ!』となるモノがある選手は強いです。その時期は、かなり強くなれると私は思います」

──岩﨑さんも現役時代にそういう経験があったのでしょうか。

「まぁ自分ごとになりますが、極真をやっている時代に意拳に出会った時がそうでした。その時の全日本空手道選手権で数見肇に再延長で敗れたのですが、あの時が最後じゃないでしょうかね……」

──1997年の全日本ですね。準々決勝で優勝した数見選手に敗れたのですが、数見選手は準決勝が本戦判定、決勝は延長で一本勝ちでした。

「武術というモチーフが、私にキーワードを与えてくれたんです」

──そういうキーワードをMMA選手は今、この時期に手にするチャンスだと?

「ハイ。キーワードなのか、パズルのピースなのか。ただし、歴史から学ぶと──必ず大混乱の後に大成功を収める者がいます。それは大混乱の時に絶対にブレずに、没頭できるモノがある者です。そういう人間は強い。今、強くなるにはチャンスなんです。虎視眈々としている人間のコロナ後は楽しみですよ。

五輪アスリートなんて、4年に一度を人生の最大の目標にしていたから、今はもうパニックですよ。そういう彼らには今回の新型コロナウィルス感染拡大は非常に気の毒ですが、ここで一発逆転できる人間も出てくるはずです」

──それが祖根選手にも当てはまると。

「勿論です。祖根選手だけでなく、今、ブレることなく何かに取り組む選手は皆チャンスがあると自分は思っています」

──では逆に勝った後藤選手には何を期待したいですか。

「この強さを、どこまで見せてくれるのか。殴る実感が拳(ケン)にあるロシア人やブラジル人にも、アレができる選手になってほしいですね。その前に国内レベルでも組みが強い選手に、どう対応できるのか。パンチから組む選手、どっちも使って組める選手、パンチはダメだけど蹴りから組める選手、そういう組みの強い選手と後藤選手がどういう風に戦えるのか……特に蹴りもパンチもデキて、組んでくる選手との試合が見てみたいです。それを今回のように戦えると、後藤選手──凄く楽しみですね」

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Bu et Sports de combat Interview J-CAGE ONE Road to ONE02 ブログ 岩﨑達也 後藤丈治 祖根寿麻

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。後藤丈治✖祖根寿麻─壱─「質量に差」

Goto vs Sone【写真】試合開始直後からキャリアも各も関係なく、構え、間、質量ともに後藤が祖根を上回っていた(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──後藤丈治✖祖根寿麻とは?!


──この試合はパンクラスではプレリミ中心でキャリアを積んできた4連勝中の後藤選手が、修斗で環太平洋王者になるもRIZINと修斗で4連敗中の祖根選手とのマッチアップでした。

「キャリア的には祖根選手が格上ということですね。この試合だけで見ると後藤選手の方が評価は上の選手と思うくらい、質量に差がありました。構えた時点で、完全に後藤選手の間でした」

──サウスポーの後藤選手が、前に出てくる祖根選手にパンチを当てる。序盤からそのような流れでした。

Goto vs Sone 02「後藤選手は構え、間、内面の質量と全て良かったです。あの場で見える質量の違いは、

明白でしたね。こうなるとキャリアとか、関係なくなってしまいます。それにあの左のパンチは一発でKOできます。それを後藤選手は打ち合いのなかで出せる。強かったです」

──途中、頭突きがあり再開後のみ祖根選手のパンチに真っすぐ下がり、組まれてケージに押し込まれました。不可抗力とはいえ反則です。それにより、受けた方の質量が下がるということはあるのでしょうか。

Goto vs Sone 03「頭突きでダメージがあったかどうかは画面では判別できなかったですが、後藤選手は決して下がったわけじゃないです。あれは祖根選手が入れたんです。下がると、入るはまた違うんです。

そういう風になったのは、あの直後だけ後藤選手の質量は下がったからです。金的にしても頭突きにしてもダメージのあるなしを抜きにして、された方が再開後は不利に動いてしまうことが多いです」

──そういうものですか。

「もらった側がリスタート後は、不利に動いてしまう。ここは選手やチームの人達も頭に入れて戦うべきだと思います」

──では祖根選手はあの場面ではケージに押し込むよりも、殴りに行った方が良かったのですか。

「ハイ、その通りです。正論を言えばその通りです。祖根選手の間だったのは、あの試合ではあの局面だけでしたから。とはいっても、殴りにいっても打撃は完全に後藤選手の方が上でした。だからテイクダウンに行くなら、テイクダウンを取り切る。そこは後藤選手の寝技や、祖根選手の寝技の技量によってくるのですが、あの試合を見る限りはそこに拘るべきではなかったのかと思います。

ただし、あの場面で組みに行って押し込んで、テイクダウンを狙うというのは、キャリアのある選手がパッケージでMMAを体に馴染ませ、パターンで攻めてしまうようなことかと。それってどの競技にもあることで。結果、組まれてケージを背負っている時に頭突きのダメージがあったとしても、後藤選手は休めたと思います。

Goto vs Sone 05それでも祖根選手はワンテイクがとれた。あそこのワンテイクは、祖根選手にとって非常に大切だった。

でも、MMAの王道のようにスクランブルの展開を疑いもせず受けいれた。倒してから、技術面はともかく絶対に抑えるという意識は見られなかったです。そして後藤選手が立ってアームロックから離れて、打撃の間合いに戻った。この時には、両者の関係は試合開始直後と同じになっていました」

──ここからは後藤選手は左だけでなく、右、そしてボディや前蹴りも入っていました。

「3月のプロ修斗で行われた内藤頌貴選手と渡辺健太郎選手の試合は、最後に渡辺選手の間になったのですが、今回の祖根選手にはそういうこともなかったです。パンチだけでなく、腹への右の前蹴りが効いていましたね。

Goto vs Sone 06後藤選手は蹴りもパンチも使える。ただし、蹴れる状態であっても強く蹴る気はなかった。それでも足も手も使える人間は、両方使えるようになります。そのなかで右の前蹴りは、祖根選手は見えていなかったですね。

左を当てて、右も当てていた。後藤選手は躍起になることなく、そのまま戦っていると左が当たって勝てるのが分かっていたと思います。

Goto vs Sone 07出て打つのか、その場で打つのか、下がって打つのか。

相手が来る時に、その場で打てば良い。相手が来る時に出ようとして、先の先を取られやられることは多いです。だけど後藤選手は前に出ない。その場で当てて倒せると分かっていた。

セコンドの長南さんも「打ち合うな」という指示も出していましたし、後藤選手もその場で打っていました。祖根選手が前に出てこうとしていたので、その場で打てば良かったので」

──祖根選手としては、間合を外すとかそういうことが必要だったのでしょうか。

「下がって逃げるのではなく、下がって打てば間を取れることはあったかもしれないです。それも、後藤選手が追いかけるようなことがある場合ですね。でも、後藤選手はその場で打っていたでしょう。あれは理想的です。

Goto vs Sone 09そして、祖根選手は前に出て打たれた。あの質量で前に出ると、やられます。そして後藤選手の間なのに、シングルレッグを仕掛けて、組み技のことは詳しく分からないですが、ニンジャチョークでやられてしまいましたね。

あそこでシングルレッグというのも、殴られてダメージがある状況でMMAのパターンですよね。もう後藤選手は準備できていました」

<この項、続く>

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Bu et Sports de combat ブログ 岩﨑達也 工藤諒司 椿飛鳥

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。工藤諒司✖椿飛鳥。「殴る実感が拳にある」

Kudo vs Tsubaki【写真】工藤が圧勝した試合に存在した、椿の突破口とは(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──工藤諒司✖椿飛鳥とは?!


──工藤選手と椿選手、力の差があると予測されていた試合でした。

「う~ん、今回の試合だけを見ると、本来はそれほど力の差は大きくないと私は感じました」

──それはどういう点からでしょうか。

「まず構えとして、椿選手の重心は蹴りがある戦いとして捉えると良い構えです。対して工藤選手の構えや重心はレスリングがベースにあるのも関係しているでしょうが、蹴りが出せる構えではない。ただし、構えが良くても蹴らない、パンチを出さない椿選手は工藤選手からすると怖くないですよね。

そこで椿選手はサウスポーにスイッチし、そこで出された左ミドルが良かったです。工藤選手のあの反応は危ういものだったのも確かです。あの瞬間は椿選手にとって試合の突破口となりえたのですが、続く攻撃がなかったです。繰り返しますが、あの左ミドルでチャンスを切り開いたのに、そこで攻撃が終わってしまいました。単体で見た質量でいえば工藤選手が上でしたが、あそこは相手の関係による質量で椿選手が上回っていた。でも、その先がなかった」

──重心や構えでは椿選手の方が良い、ただし個々の質量においては工藤選手が上というのはどういうことですか。

Kudo vs Tsubaki 02「それは工藤選手が常に殴る気でいるからです。これは格闘技と向かいあうと一生の課題になってくるのですが、工藤選手には殴る実感が拳(けん)にあります。相手の顔を殴る感触が常にある。椿選手はそこがなかったです」

──両者の技量以外に以前にアマ時代ですが対戦経験があり、工藤選手が勝っている。その後のキャリアの積み方を見ても、圧倒的に工藤選手の方が経験もあった。そういうなかで組まれた試合で、気持ちという部分で椿選手が最初から圧されており質量が下がるということはありますか。

「気持ちという言葉は、適切ではないですね。誰にでも気持ちはあります。ただ、私個人としては気持ちには具体性がないので、何かを検証するベースにしたくはないのです。『気持ちだ』っていう言葉、アレを試合中に使いたいとは思えない。もっと具体的であるべきで。それが思考だとか、意識だと分かります。気持ちって、説得力ないですよ。ぶっちゃけて言うと嫌いな言葉です(笑)」

──では精神状況として、不利だと思われている選手が思考や意思のありようで質量が下がるということは?

「これは失礼な言い方になってしまいますが、椿選手は勝つ気持ちがどれだけあったのか。ただし、それは椿選手に限ったことではないんです。MMAだ、空手だ、格闘技の試合だといっても、漫然と試合場に上がる人は少なくない。言ってしまえば、私もそうでした。

試合に出ている人間の誰もが、やる気満々で勝つ気満々ってことは決してないです。それがどれだけの大舞台で大切な試合でも。疲れて果てて試合場に上がる人もいます。防護服がケージサイドにいる異様な空間での試合でも、格闘技は一対一なんです。そのなかで工藤選手はもう勝つことしか考えていなかった。そういう思考の差が、能力以上に違っていたと思います」

──工藤選手は油断も驕りもなかったということですね。

「ばかりか、ここで負けて失うモノが多いのは圧倒的に工藤選手という試合だったわけですよね? 試合はどちらも負けられない。でも、より負けられないという状況は存在します。そして、より負けられない工藤選手は優位だったと思います。工藤選手は何が来てもぶん殴る、パウンドアウトするっていうのが拳にありました」

──椿選手は試合前に以前の試合で背中を向けてしまったので、そういう風にはなりたくないという決意はあったのですが。

「背中を見せないようにするのは、まず避け方を上達させるところからですね。あの避け方をしていると、結果的に背中を見せてしまう。喧嘩をしたことがない子が、いくらでも格闘技をしている時代になったので。そうですね、後ろを向く……そこは頑張って克服してほしいです。

椿選手は右足前で、左足で蹴った時の質量を基本にして……あの重心だとしっかりと打てるし、しっかりと蹴ることができます。両手両足を使える重心なんです。左足が前の時は、どうでもない。受動的です。本人はオーソの方が動きやすいと思っているかもしれないですが、攻撃するならサウスポーでないかと思いました。そういう長所はあったんです。だから、長所を伸ばして自信をつけて行って欲しいです。

背中を見せてしまうのは、自信がないから。なら工藤選手と戦ったなかで、良い点があったのだから、そこを自分の切り口にして全体の動きを創っていければと思います。工藤選手は殴る実感が拳にあって、何があっても殴る気でいます。そしてレスリングという武器がある。MMAを戦ううえで、多くの武器を既にモノにしているんです。だから用心して、手堅くいってもイニチアシブを握ることができる。

椿選手はそういう工藤選手に負けはしましたが、能力的に大きな差があるわけではない。工藤選手と同じことをするのではなくて、自分の特徴を生かして稽古で核を創っていってほしいです。左の蹴り、左の突きなんかで相手をおちょくることができるようになれば良い選手になると思います。そこで自信がつけば、もう背中なんて見せなくなります。頑張って欲しいです」