【写真】人気の差と、掛け率がまるで比例していない。どのような結末を迎えるのか (C)Zufffa/UFC
8日(土・現地時間)、ネヴァダ週ラスベガス近郊のパラダイスにあるTモバイルアリーナにて、UFC 313「Pereira vs. Ankalaev」が行われる。ジャスティン・ゲイジーとラファエル・フィジエフによるライト級強打者対決をコメインとする今大会のメインを飾るのは、王者アレックス・ポアタン・ペレイラにマゴメド・アンカラエフが挑戦するライトヘビー級タイトルマッチだ。
Text Isamu Horiuchi
ポアタン(石の如き手)ことペレイラは、2023年末にイリー・プロハースカを2RTKOに沈め、UFC参戦後僅か7戦で2階級制覇を達成した。昨年は4月にジャマール・ヒル、7月に再びプロハースカと元王者2人を早いラウンドで沈めると、10月にはカリル・ラウントリーを激戦の末4RTKOに下し、175日間で3度防衛に成功するというUFC記録を樹立した。
UFCからの要請を決して断らず、凄まじいペースで世界の強豪と戦い続けては、圧巻のKO勝利を重ねてファンを魅了し続けるポアタン。昨年度のワールドMMAアワードでも、文句なしの最優秀選手に選ばれた。現時点におけるUFC全選手、いや世界の全MMA選手中最大のスーパースターだ。
一方、ポアタンがメガスターへの階段を駆け上がったこの期間、陽の当たらない道を歩むことを余儀なくされたのが今回の挑戦者、アンカラエフだ。以下、あまり注目されてこなかったその気の毒な日々を振り返りたい。
ダナ・ホワイトの怒りを買ったアンカラエフは、日陰の道を歩むように
地元ダゲスタンでレスリングとコンバットサンボを修練したアンカラエフは、2014年のアマチュアMMAロシア選手権決勝にて、後にベラトールライトヘビー級絶対王者に君臨したワジム・ネムコフを倒して優勝。その後世界大会も3度制覇するなど、アマチュアとしてはこれ以上ない実績を持つ。そしてプロでも白星を重ね、2018年3月に8戦全勝の戦績にてUFCデビュー。この試合こそポール・クレイグに残り1秒で三角を極められ大逆転の一本負けを喫してしまったものの、その後は綺麗な打撃を主武器に堅実に戦い9連勝を記録した。
順調にキャリアを重ねてきたアンカラエフの受難は、2022年12月、当時の王者プロハースカが負傷のため返上したタイトルを賭けて、元王者ヤン・ブラホヴィッチとの王座決定戦に臨んだ日から始まってしまう。
中盤までブラホヴォッチのローに苦しめられたアンカラエフだが、そこで組技勝負に作戦を変更。4、5Rは上を取って圧倒し、最後はパウンドで一方的に攻め立てて試合を終えた。見事な逆転勝利による王座戴冠…と思われたが、判定はまさかの三者三様のドローに。通訳を通じてアンカラエフが「自分は勝ったのに、なぜベルトを貰えないのか」と訴えるなか、相手のブラホヴィッチまで「俺は勝っていない。奴にベルトをやってくれ」と言い出すほどの不可解な判定で、アンカラエフは王座を逃した。
それでも、謎判定の犠牲になったアンカラエフにはじきに再挑戦のチャンスが与えられると思われた。が、ダナ・ホワイトUFC代表は試合内容が盛り上がりに欠けたことに激怒。大会後記者会見の場で「酷い試合だった」と吐き捨て、どちらが勝ったと思うかと聞かれても「そんなの知るか。ファッ○ンな3Rが終わったあたりで私は(退屈で)意識を失いはじめたんだ」と一刀両断。その場で翌年1月、元王者グローバー・テイシェイラとジャマール・ヒルによる王座決定戦を改めて行うと宣言した。
気の毒にもアンカラエフは、「試合が退屈」という実力以外の要因でタイトル戦線から外されてしまったのだ。2023年1月にヒルが新王者となった後も、アンカラエフにはなかなか試合が組まれず。5月には「UFCよ、私に仕事をくれ」という悲痛なツイートを英語で投稿している(もっとも本人はほぼ英語を話さないので、マネジャーのアリ・アブデルアジズかその周辺が書き込んでいると思われる)。
やがて新王者のヒルの負傷返上により再び王座は空位となったが、ここでもランキング2位のアンカラエフに決定戦出場の声はかからない。11月の王座決定戦に選ばれたのは、元王者にして1位のプロハースカと、7月のライトヘビー級転向初戦にてブラホヴィッチに辛勝した3位のポアタンだった。この試合でKO勝利を収めて2階級制覇を成し遂げたポアタンは、以後メガスターへの道を爆進してゆく。
一方、下の階級から割り込んできたポアタンに(自分が巻いていたはずの)王座を横取りされてしまったアンカラエフ。10月にやっと組まれた試合は、下位ランカー(7位)のジョニー・ウォーカー戦だった。この仕打ちにもめげず、アンカラエフはウォーカーを組み伏せ、強烈なパウンドで試合を有利に進めた。だがここでグラウンド状態のウォーカーの顔面にヒザを入れるという痛恨のミスを犯してしまい、試合は中断された。もっとも大ダメージの一撃だったわけでもなく、ウォーカー本人も試合続行する気満々の様子を見せた。
が、彼と医師とのコミュニケーションに齟齬が生じたようで、試合はNCに。ミスに不運が重なる形でウォーカーと再戦せざるを得なくなったアンカラエフは、またしてもタイトル挑戦に近づくことができなかった。
再戦が行われたのは、翌2024年1月のファイトナイト大会。千人未満の観客の前だった。それでも腐らなかったアンカラエフは、2Rに凄まじい右フック一閃。会心のKO勝利を飾ると、試合後ポアタンと自分を並べた写真をツイッターに投稿し、今度こそはとタイトル挑戦をアピールした。
が、それでもアンカラエフにUFCからタイトル挑戦の声がかかることはなかった。4月のUFC 300のメインにて、ポアタンの初防衛戦の相手に選ばれたのは元王者にして米国人のヒル。ポアタンがこの試合を1RKOで完勝すると、6月に次にポアタンへの挑戦権を得たのは、打ち合い上等のファイトスタイルと侍文化に傾倒したユニークな言動で人気を集める元王者プロハースカだった。
冷遇に次ぐ冷遇を乗り越えたアンカラエフ
英語を話さず、積極的に自分をアピールしたり相手を挑発することもないアンカラエフ。見事なKO劇を見せてなお、UFCナンバーシリーズのメインイベンターとしては不適格だと判断され続けたのだ。この頃からアンカラエフ(とマネジャー)は英語ツイートを増やし「俺が一番強い」、「ペレイラなどテイクダウンするまでもなくKOしてやる」、「ペレイラよ、なぜ俺と戦わない」と、本人のキャラクターとは合致しない──であるが故に、どこか悲哀を感じさせる──挑発的なコメントを投稿するようになった
そして、さすがに次のポアタンの挑戦者はアンカラエフとなるだろう、と多くの関係者やファンも予想していた。しかしながら、アンカラエフにはまたしても悲報が届く。10月のポアタンの防衛戦の相手は、なんとランキング8位のカリル・ラウントリーが抜擢され、1位のアンカラエフには再び下位ランカー(5位)のアレキサンドル・ラキッチ戦が組まれたのだ。同情の声が集まるなか、アンカラエフ(とマネジャー)は「誰も私のことを気の毒に思う必要はないよ。私はラキッチを破壊し、誰も文句のない形で挑戦権を得るから」という健気なツイートを、ダナ・ホワイトとマッチメイカーのミック・メイナードのアカウントにメンションしつつ投稿したのだった。
そうして迎えたラキッチ戦において、アンカラエフは再び力を見せつけた。打撃の攻防で終始優位に立ち、判定3-0で完勝してみせたのだ。寡黙な実力者は、試合後のインタビューにおいて聞き手のコーミエに「今こそチャンピオンに英語で言うことがあるだろう」と促され、通訳に一語一語教えてもらう形ではにかみながら「Alex、don’t run away from me. (アレックスよ、私から逃げるな)」と挑戦を宣言した。
かくして今回、ついにアンカラエフは──不可解判定で王座を逃した後の、冷遇に次ぐ冷遇の苦難の2年を乗り越えて──ポアタンへの挑戦権を得たのだ。
ラマダン中のアンカラエフは、ポアタンの左フックの射程を外す位置取りができるのか
しかし、この期に及んでなおアンカラエフの試練は続く。決戦の3月8日は、アンカラエフが信仰するイスラムの暦におけるラマダン(断食月:2025年は2月末から開始)の最中なのだ。この期間中、ムスリムは日の出から日没まで飲食を断つ。試合に向けたトレーニング自体はラマダン前に終了したというアンカラエフは、減量中の水分だけは日中も摂るという。それでも試合まで約1週間の食事サイクルには制限が課せられるようだ。
「ラマダン中の試合出場は好ましくないし、今までは断ってきた。普段以上に神への祈りに時間を過ごす、我々にとって最も聖なる期間だ。でもこのチャンスを逃すことはできなかった。今回試合を断ったら、次いつタイトル挑戦の機会が得られることか。理想的な状況ではないけど、今回に賭けるしかない」と決意を語るアンカラエフ。
今回の決戦は現在UFCから誰よりも重宝され、最も陽の当たる道を進む稀代のスーパースター・ポアタンと、度重なる冷遇を受け日陰街道を征くことを余儀なくされた挙句、当日まで試練を背負うアンカラエフという、これ以上ないほどに対照的な二人の戦いなのだ。
そんな両者だが、試合前のオッズはポアタンが-120(100ドル賭けて勝つと120ドル獲得)と、僅かにリードするのみ。アンカラエフはポアタンがライトヘビー級で迎える最強の敵とされているのだ。実際、どちらもお互いを倒すのに十分な磨き抜かれたスキルセットを有しており、展開の予測は簡単ではない。最大の見どころは、両者の最大の武器である立ち技における主導権争いだ。オーソのポアタンに対して、サウスポーのアンカラエフという喧嘩四つ。どちらも前に出て相手に圧をかけてゆく戦いを信条とする。
特にポアタンには世界の誰もが恐れる、桁外れの威力&精度で放たれる前手の左フックがあり、それ故に何人たりとも簡単に近寄ることができない。
石の拳を警戒して中に入れない相手の前足を──相手が左右どちらに構えていようが──鋭いカーフで潰してゆくのがポアタンの常套手段だ。プロハースカのように、足を壊されかけ強引に前に出て勝負に出ると左フックの餌食となる。前回の挑戦者ラウントリーは距離を保ちつつ、爆発力を活かし飛び込んでのワンツーを果敢に放ったが、中盤からその動きを完全に見切ったポアタンは、閃光の如き硬いジャブを何度も当てて心身を削っていった。
アンカラエフはいかにして、この侵入が極めて困難なポアタンの制空圏を脅かしながら、プレッシャーをかけてゆく算段なのか。以前ブラホヴィッチのローに苦しめられたアンカラエフだが、前回のラキッチ戦では(ポアタン同様にオーソドックスから放たれる)前足を狙ったカーフを巧みにチェックする場面を何度も見せている。そして軽快なフットワークとフェイントを駆使して前に出て、ラキッチの外側に前足を踏み込んで伸びのある左ストレートを当ててペースを握っていった。
アンカラエフはポアタンに対しても、左フックの射程を外すようなこの位置取りを作れるのか。もしできるなら、我々は立ち技で翻弄されるポアタンという、これまで見たことのない光景を目にすることになるかもしれない。が、もし逆にアンカラエフがポアタンに間合いのコントロールを許したなら、ヒル戦の如く踏み込んでの左フックにより一瞬で試合が終わる可能性もある。
もう一つの着目点は、アンカラエフが、おそらく近年ポアタンが倒してきた誰よりも高いグラップリング力の持ち主であることだ。普段は打撃を主武器としテイクダウンを試みる場面は少ないアンカラエフだが、ブラホヴィッチ戦等、要所で組みで勝負する姿も見せている。そして一度上を奪うと、強力な身体の圧力を用いたコントロールで相手を逃さず、強烈なパウンドで相手を削る。
ポアタンについて「彼は普通のストライカーだよ。戦い方も分かっている。相手を誘い込んで左フックを当てるんだ」と自信を覗かせているアンカラエフ。圧力を掛けつつ相手のパンチを見切る目の良さとカウンターを放つタイミングも出色なだけに、まんまと誘い込まれたと思わせて、ポアタンが拳を振ってきたところにテイクダウンを合わせる場面も十分想定できる。ただその場合でも、進化を続けグラップリングの練習にも余念のない怪物ポアタンが、ダゲスタンレスラーの圧力をも凌ぎきる組み力を発揮するかもしれない。
現代MMA全階級全選手の頂点に君臨するポアタンと、その陰で臥薪嘗胆の想いで戦ってきた最強の挑戦者アンカラエフ。一瞬たりとも見逃せない頂上対決だ。
■視聴方法(予定)
3月9日(日・日本時間)
午前8時30分~UFC FIGHT PASS
午後12時~PPV
午前7時30分~U-NEXT
■UFC313対戦カード
<UFC世界ライトヘビー級選手権試合/5分5R>
[王者]アレックス・ポアタン・ペレイラ(ブラジル)
[挑戦者] マゴメド・アンカラエフ(ロシア)
<ライト級/5分3R>
ジャスティン・ゲイジー(米国)
ラファエル・フジエフ(アゼルバイジャン)
<ライト級/5分3R>
ジャスティン・ターナー(米国)
イグナシオ・ナシメント(チリ)
<女子ストロー級/5分3R>
アマンダ・レモス(ブラジル)
イアズミン・ルシンド(ブラジル)
<ライト級/5分3R>
キング・グリーン(米国)
マウリシオ・ルフィー(ブラジル)
<ヘビー級/5分3R>
カーティス・ブレイズ(米国)
リズワン・クニエフ(ロシア)
<フライ級/5分3R>
鶴屋怜(日本)
ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)
<ミドル級/5分3R>
ブルーノ・フェレイラ(ブラジル)
アルメン・ペトロシアン(アルメニア)
<ウェルター級/5分3R>
アレックス・モロノ(米国)
カルロス・レアル(ブラジル)
<フェザー級/5分3R>
マイロン・サントス(ブラジル)
フランシス・マーシャル(米国)
<バンタム級/5分3R>
クリス・グティエレス(米国)
ジョン・カスタネダ(米国)
<ミドル級/5分3R>
オジー・ディアス(米国)
ジジョルデン・サントス(ブラジル)